【判例ID】   27662752 損害賠償請求控訴事件 福岡高裁 昭和五三年(ネ)第一八〇号、第二一一号 昭和五九年三月一六日判決 (控訴人・被控訴人(一審原告))野口静子 ほか七五八名 (被控訴人(一審被告))国 ほか二名 代理人 麻田正勝 美濃谷利光 冨永環 ほか八名 (控訴人・被控訴人(一審被告))鐘淵化学工業株式会社  二審判決認定のダーク油事件の経過と国の責任 目次 当事者の表示〈略〉        主   文        事   実 第一 当事者の求めた裁判 一 一審原告ら(一審原告渡邊瑠璃子を除く) 二 一審被告鐘化 三 その余の一審被告ら 第二 当事者の主張 一 請求原因 1(一審被告加藤の代理監督者責任) 2(一審被告国等の責任) (一)一審被告国のPCBの大量生産と大量使用を放置した責任 (二)食品による危害から国民の生命、健康を守る責任 (1)(国の作為義務) (2)内閣の不作為の違法性 (3)厚生大臣の不作為の違法性 (4)一審被告国、同北九州市のカネミ倉庫に対する食品衛生法上の規制権限不行使の違法性 (三)ダーク油事件における一審被告国の責任 (1)ダーク油事件の概要と行政の対応 (2)(国の予見可能性) (3)農林大臣の予見可能性 (4)厚生大臣の予見可能性 (5)(一審被告国の責任) (四)結論 3(損害) 4(主張の訂正) 二 請求原因に対する一審被告らの答弁 1(一審被告国、同北九州市) 2(一審被告鐘化) 3(一審被告ら全員) 三 一審被告加藤の抗弁とこれに対する答弁 四 一審被告鐘化の予備的主張(抗弁) 五(その余の当事者の主張) 六 一審被告鐘化の追加的、補足的主張 1 本件事故の原因としての工作ミス説について 2(カネクロールの漏出と事故との因果関係について) 3 PCBの毒性について 七 一審被告国、同北九州市の補足的主張 1 国にPCB規制上の責任がないことについて 2 国、北九州市の食品衛生行政上の責任について 3 ダーク油事件における国の責任について 4 損害論について 第三 証拠〈略〉        理   由 第一 当事者 第二 本件油症事件の発生の経緯と概況について 第三 本件油症事故の原因解明について 一 カネミ倉庫におけるライスオイルの製造工程とカネクロールについて 二 カネクロールの混入経路について 三 ピンホール説と工作ミス説 第四 カネミ倉庫と一審被告加藤の責任について 第五 一審被告鐘化の責任について 第六 一審被告国及び同北九州市の責任について 一(PCBのJIS規格指定について) 二(食用油製造業を営業許可業種に指定することについて) 三 ダーク油事件について 1(ダーク油事件とは) 2(ダーク油事件の経過とこれに対する行政並びに関係者の対応) 3(食用油による被害発生の危険の予測と結果回避の可能性) 第七 損害について 一 油症の病像について 1(油症の定義) 2(油症患者とその診断基準の変遷) 3(油症の現状と治療法) 4(ドーズ・レスポンスについて) 二 症状各論 1 皮膚症状 2 眼の症状 3 頭痛(頭重感) 4 胃腸症状 5 呼吸器症状 6 油症児について 三 油症患者の死亡について 四 症状鑑定について 五 症度と慰藉料額の算定について 六 死亡油症患者の相続関係等について 1 氏名の訂正 2 当審における主張変更分 3 当審において新たに主張された権利の承継 4 相続債権の譲渡 七 一審被告加藤三之輔の一部弁済の主張について 八 一審被告鐘化の分割責任について 九 一審原告井藤良二の請求について 一〇 弁護士費用 第八 結論 別紙 〔一〕一審原告ら目録〈略〉 〔二〕一審原告ら訴訟代理人目録〈略〉 〔三〕請求債権額一覧表〈略〉 〔四〕死亡油症患者一覧表〈略〉 〔五〕真正に成立を認めた証拠目録〈略〉 〔六〕油症患者被害認定一覧表〈略〉 〔七〕認容金額一覧表        主   文 一 一審原告ら(一審原告井藤良二、同渡邊瑠璃子を除く)の一審被告加藤三之輔、同鐘淵化学工業株式会社(以下「一審被告鐘化」という)、同国に対する控訴及び一審被告鐘化の控訴に基づき、原判決中右関係部分を次のとおり変更する。 1 一審原告ら(ただし、一審原告井藤良二及び一審被告加藤三之輔関係では一審原告大川点順こと梁女を除く)に対し、一審被告加藤三之輔、同鐘化は、各自別紙〔七〕認容金額一覧表中の「認容金額(一)」欄記載の各金員及びこれに対する昭和四三年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、一審被告国は、同一覧表中の「認容金額(二)」欄記載の各金員及びこれに対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員を各支払え。 2 右一審原告らの右一審被告らに対するその余の請求(請求拡張分を含む)を棄却する。 二 右一審原告らと一審被告鐘化関係において、その控訴に基づいて右変更にかからない右一審原、被告らの控訴は、いずれもこれを棄却する。 三 一審原告井藤良二の一審被告らに対する控訴並びに同一審原告、一審原告渡邊瑠璃子を除く一審原告らの一審被告北九州市に対する控訴及び拡張請求を、いずれも棄却する。 四 訴訟費用は、一審原告ら(ただし、一審原告井藤良二及び一審被告加藤三之輔関係では一審原告大川点順こと梁女、一審被告加藤三之輔、同国、同北九州市関係では一審原告渡邊瑠璃子を除く)と一審被告加藤三之輔、同鐘化、同国との間に生じた分は、第一、二審を通じてこれを四分し、その一を右一審原告らの、その余を右一審被告らの負担とし、右一審原告らと一審被告北九州市との間に生じた控訴費用は右一審原告らの負担とし、一審原告井藤良二の控訴費用は同一審原告の負担とする。 五 この判決第一項1は、一審被告鐘化についてはその七割、一審被告国及び同加藤三之輔については全額につき仮に執行することができる。        事   実 第一 当事者の求めた裁判 一 一審原告ら(一審原告渡邊瑠璃子を除く) 1 控訴の趣旨  原判決を次のとおり変更する。 (一)一審被告らは、各自右一審原告らに対し、別紙〔三〕請求債権額一覧表記載の金員及びこれに対する昭和四三年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 (二)訴訟費用は第一、二審とも一審被告らの負担とする。 との判決並びに(一)項について仮執行宣言の申立 2 一審被告鐘化の控訴について (一)本件控訴を棄却する。 (二)控訴費用は一審被告鐘化の負担とする。 との判決 二 一審被告鐘化 1 控訴の趣旨 (一)原判決中一審被告鐘化敗訴部分を取り消す。 (二)一審原告(ただし一審原告井藤良二を除く)らの請求を棄却する。 (三)訴訟費用は第一、二審とも右一審原告らの負担とする。 との判決 2 一審原告ら(一審原告渡邊瑠璃子を除く)の控訴について (一)本件控訴を棄却する。 (二)控訴費用は右一審原告らの負担とする。 との判決 三 その余の一審被告ら 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は一審原告(一審原告渡邊瑠璃子を除く)らの負担とする。 との判決 第二 当事者の主張 一 請求原因  一審原告らの請求原因は次のとおり付加、訂正するほか原判決事実摘示(原判決a10頁二行目からa32頁一三行目まで)と同一であるからこれを引用する。 1 原判決a14頁五行目の次に行を改め次のとおり付加する。 「仮に、右代理監督責任を問うについて、特定の従業員の不法行為が必要であるとしても、少くとも本件油症事件当時工場長であつた森本義人には、カネクロールの混入した食用油を製造し、販売に供した不法行為があり、一審被告加藤は右森本に対してカネミ倉庫に代つて代理監督の責任があつた者であるから、民法七一五条二項により損害賠償責任を負うべきである。」 2 原判決4の記載(原判決a14頁七行目からa20頁二行目まで)を次のとおり改める。 (一)一審被告国のPCBの大量生産と大量使用を放置した責任  PCBは人体と環境にとつてきわめて危険な物質であり、本件油症発生以前にすでに内外の学者や研究者によつてその危険性が警告されていたものであるから、国としては、PCBの危険性すなわちPCBが大量に生産、販売された場合、その使用、消費、廃棄の過程で人体と環境に被害を及ぼすことを十分予見しえたものである。したがつて、国は「毒物及び劇物取締法」、「薬事法」、「食品衛生法」等の関係法令による権限や行政指導を駆使してPCBに対する適切な規制を行うべき注意義務があつたものと言うべきである。  これは、日本国憲法が国民の生命、健康の保全を人権規定の中でも至上のものとし、同法一三条、二五条等で国政の重要な目標と宣言していることから、国は国民の生命、健康の保全を目的として付与されている権限を駆使してその実現を図る法的責務、つまり安全確保義務を負つているからにほかならない。  しかるに、国は本件油症事件が発生するまでPCBについての規制を一切行うことなく放置していたばかりか、PCBの開発、国産化を指導、奨励し、PCB(カネクロール)を昭和三二年不燃性絶縁油として、昭和三八年にはトランス用の絶縁体として、それぞれJIS規格に指定し、PCBの大量生産、消費とその危険な用途拡大を間接的に促進して本件カネミ油症事件の原因を作つた。  右のように、PCBについてなんらの規制もせず放置していた国の不作為は、安全確保義務に違反し、その法的責任を問われるべきものである。 (二)食品による危害から国民の生命、健康を守る責任 (1)前記のとおり、国には国民の生命、健康を守るべき義務があり、国民の生命、健康とかかわりのある食品の安全性の確保については食品衛生法が制定されている。食品衛生法は、その一条で「飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与すること」を法の目的としているもので、同法は消費者である個々の国民に対して、安全な食品の供給を確保することを行政庁の基本的義務とするものである。  したがつて、国は「飲食に起因する危害の発生を防止するため」にその権限を行使して、本件油症事件のような食品公害の発生を防止すべき法的義務を負つているのである。 (2)内閣の不作為の違法性  食品衛生法二〇条は、「都道府県知事は、飲食店営業その他公衆衛生に与える影響が著しい営業であつて、政令で定めるものの施設につき、業種別に、公衆衛生の見地から必要な基準を定めなければならない。」と定め、同法二一条一項は、「前条に規定する営業を営もうとする者は、省令の定めるところにより、都道府県知事の許可を受けなければならない。」と定めている。これは、食品の安全を守るための一つの方法として、食品関連業者のうち危険性を有する営業については、これを許可制にして、このような営業を営業開始の時点で規制し、その後も営業の監視などを適正なものにしていこうとするものである。 食品衛生法は、内閣に対して、常に食品営業の実態を把握し、国民に被害を与えるおそれのある「公衆衛生に与える影響が著しい営業」については、営業許可業種に指定することを委託しているのであつて、内閣は、右業種を営業許可業種に指定する義務を負つているのである。  ところで、食用油製造業については、本件油症事件発生までは営業許可業種に指定されず、事件発生後昭和四四年になつてようやく指定されたものであるが、本件カネミ倉庫におけるライスオイル製造工程に示すとおり、食用油は多数の化学物質を使用し、複雑な工程を通つて作られており、決して安全な業種ということはできず、またかなり広範囲な販路を持つているものが多く、一旦事故が発生すると被害は広範囲に及ぶことになり、公衆に与える影響は決して少くない。  これらのことを考えると、内閣は同法二〇条の委託にもとづいて、食用油製造業を政令でもつて営業許可業種に指定して、食用油製造業者に対して、熱媒体やその他の使用化学物質による被害を防止できる基準を厚生大臣や都道府県知事に決めさせるべきであつた。  したがつて、内閣が昭和四三年油症事件発生前に食用油製造業を営業許可業種に指定しなかつたことは、食品衛生法二〇条に違反し、国家賠償法一条一項の違法となるものである。 (3)厚生大臣の不作為の違法性  食品衛生法七条一項は、「厚生大臣は、公衆衛生の見地から、販売の用に供する食品若しくは添加物の製造、加工、使用、調理若しくは保存の方法につき基準を定め、又は販売の用に供する食品若しくは添加物の成分につき規格を定めることができる。」と規定し、同法一〇条一項において、「厚生大臣は、公衆衛生の見地から、販売の用に供し、若しくは営業上使用する器具若しくは容器包装若しくはこれらの原材料につき規格を定め、又はこれらの製造方法につき基準を定めることができる。」と規定している。  これらの厚生大臣の権限は、食品の安全を確保するために、国民が食品衛生法によつて厚生大臣に委託したものであるから、厚生大臣は、国民に対しこれらの食品衛生法によつて付与された権限を適正に行使して、食品被害の発生を防止すべき義務を負うものである。  そして、PCBを熱媒体として使用する熱交換器や脱臭装置は、右一〇条一項に規定している「営業上使用する器具」や「これらの原材料」に該当し、これらの物を使つての食品製造は、「食品の製造加工」に該当するものであるから、厚生大臣においては、PCBを熱媒体として使用している食品工場が多数存在し、それにより国民が被害を受ける危険性が客観的に存在した以上、右食品衛生法上の権限を適切に行使して、PCBの食品工業での使用を禁止するなり、或いは適正な規格、基準を定めるなりして被害の発生を防止すべき義務があるのに、油症事件が発生するまでこのような措置を全くとらなかつたものであつて、厚生大臣には食品衛生法上の義務違反があり、ひいては国家賠償法一条一項の違法となるものである。 (4)一審被告国、同北九州市のカネミ倉庫に対する食品衛生法上の規制権限不行使の違法性 (イ)カネミ倉庫の営業許可(更新)の際の権限不行使の違法  北九州市における食品衛生行政は、同市が政令指定都市であるため、食品衛生法上都道府県又は都道府県知事が国の機関委任により行うものとされている事務のうち同法二〇条の規定による基準の設定に関する事務以外のすべての事務について同市又は同市長が国の機関委任により処理すべきものとされており、本件において食品衛生法上の福岡県知事や同市長の行為、不行為は、即国の行為、不行為となるものである。  而して、食品衛生法二一条は、同法二〇条により政令で指定された営業を営もうとする者は、都道府県知事(政令指定都市にあつては市長)の許可を受けなければならない旨定めている。この規定は食品による被害を防ぐために営業許可という制度を採り、公衆衛生に与える影響の大きな業種については、個々的に知事又は市長の許可を得なければ営業が出来ないようにしたものである。右知事又は市長の権限は、国民の食生活の安全を確保するために食品衛生法が与えたものであり、知事又は市長においては、国民に対してこの権限を適正に行使して危険な食品営業者の発生を防止する義務を負うものである。  ところで、カネミ倉庫はその製品であるライスオイルをびん詰にして出荷していたが、かん詰、びん詰製造業は前記許可業種に当るため、昭和三六年福岡県知事に対して営業許可申請がなされ、ついで同三九年、四二年に北九州市長(その後北九州市が政令指定都市になつたため)に対し更新許可申請がなされた。右更新許可申請に当つては、食品添加物が規格に合致するかどうか、油の製造工程中油が露出する部分で異物混入がないか、古いびんの洗浄、殺菌が十分になされているかどうかの調査のみで、カネミ倉庫の脱臭工程についてはなんらの調査もなされなかつた。  福岡県知事や北九州市長が、カネミ倉庫からの営業許可申請や更新申請に対しては、脱臭工程についても安全を確認する義務があり、まして同倉庫の脱臭工程は熱媒体にPCBを使つているため決して安全と言えないのにそれを看過し、なんの条件もつけずに営業許可、更新をなしたのは、食品衛生法二一条に違反し、ひいては国家賠償法一条一項の違法性を帯びるものである。 (ロ)カネミ倉庫の施設についての監視、製品検査についての権限不行使  原判決a16頁一〇行目の「されている。」の次に「しかし、カネミ倉庫を担当していた同市の食品衛生監視員別府三郎は年に二、三回の監視しかなさなかつた。」と付加したうえ、この点に関する原判決事実摘示(原判決a14頁一九行目からa15頁一三行目まで及び同a16頁四行目からa18頁九行目まで)を引用する。 (三)ダーク油事件における一審被告国の責任 (1)ダーク油事件の概要と行政の対応 (イ)昭和四三年二月中旬から同年三月中旬にかけて、西日本一帯に鶏(ブロイラー)の雛が大量に死亡するという事件が起つた。当初はウイルスによる鶏の伝染病であるニユーカツスル病ではないかと思われたが、まもなく特定の配合飼料が原因になつていると疑われた。その被害は同年三月下旬の調査では約六〇万羽、同年七月の調査では約二〇〇万羽に達し、そのうち約四〇万羽がへい死した。 (ロ)福岡県においては、同年二月下旬から鶏の奇病が発生し、直ちに県下の全家畜保健所に緊急連絡し、その後同年三月一二日東急エビスの福岡工場に立入調査を行い、その時点で原因はカネミ倉庫製のダーク油であると推定したうえ同月二六日から再現試験を行い、同年四月二五日までに全例死亡し再現を確認した。 (ハ)福岡肥飼料検査所(以下「福岡肥飼検」という)は、同年三月一四日鹿児島県畜産課から、「ブロイラー団地に原因不明による鶏のへい死事故が多発し、原因は配合飼料によるらしい。」との電話連絡を受け、翌一五日農林省畜産局流通飼料課に右事故の発生を報告するとともに、右配合飼料メーカーである東急エビス産業の製造課長より、同社製造の配合飼料Sブロイラー、Sチツクの二銘柄が右事故の原因物質とみられること、右二銘柄の製品、生産、出荷、原料の品質状態等について報告を受けたが、その際同銘柄が他の銘柄と特に異つた原料としているものは、カネミ倉庫生産にかかるダーク油であることが判明した。そして、福岡肥飼検は東急エビスに対し、右二銘柄の生産と出荷の停止を指示するとともに、顛末書の提出を求め、同月一九日には他の事故原因とみられる配合飼料メーカーである林兼産業にも同様に顛末書の提出を求めた。  さらに、福岡肥飼検は、同月一九日には東急エビス産業に係官を派遣し立入調査をするとともに、林兼産業飼料部製造課長からも事情を聴取した後、同月二二日カネミ倉庫の事前了解をえて飼料課長矢幅雄二と同課係員水崎好成の二名にカネミ倉庫本社工場に立入調査を行わせた。右立入調査後の同月二五日、福岡肥飼検は農林省本省の指示により同省家畜衛生試験場(以下「家畜衛試」という)に対し、関係配合飼料やダーク油を添えて再現試験及び原因物質の究明を目的とした病性鑑定を依頼した。 (二)家畜衛試では小華和忠が中心となり、同年四月一七日以降四週間に亘り中雛を使用し、製造月日が二月一五日に近い鑑定材料(事故の原因になつたと思われる飼料)について中毒の再現試験を行つた。その結果右鑑定材料のすべてについて毒性が再現され、またその臨床症状は九州地方において発生した中毒症状にきわめてよく類似し、食欲減退、活力低下、翼の下垂、ついで腹水、食欲廃絶、嗜眠などが認められ、さらに剖検所見も同様に九州地方において発生した中毒鶏のそれに類似し、心嚢水及び腹水の著増、胸腹部皮下の膠様化、出血、上頸部皮下の出血などが認められた。  以上により、家畜衛試は同年六月一四日福岡肥飼検に対し病性鑑定回答書を提出したが、同書面によると、右鑑定材料及びダーク油に毒性があり、鶏雛に対して致死的作用のあることを確認するとともに、ダーク油事件は配合飼料製造に使用したダーク油に原因するものと思われること、ダーク油の発光分析の結果、鉛、砒素、マンガン、カドミウム、銀、スズが検出されなかつたこと、本中毒ときわめてよく類似した鶏の中毒がアメリカのジヨージア、アラバマ、ノースカロライナ及びミシシツピーの各州に一九五七年に発生しているというシユミツトルらの報告があるが、この報告によると毒成分の本態が非水溶性の成分であることのみは明らかにされていること、本病鑑例の毒成分とアメリカで発生した中毒の毒成分とが全く同一であるかどうかは不明であること、油脂製造工程中の無機性有毒化合物の混入は一応否定されるので、油脂そのものの変質による中毒と考察されること、などが記載されていた。 (2)福岡肥飼検ないし農林省畜産局においては、ダーク油事件の原因がカネミ倉庫のダーク油であるという嫌疑は、事件発生直後、おそらくとも昭和四三年三月二二日には固つていた。  ところで、ダーク油事件の原因がカネミ倉庫のダーク油であるということが判明すれば、それはわが国鶏病史上最大規模の被害をもたらしたものであるだけに、鶏肉、鶏卵の安全性または危険性を確認する必要が生じ、またわが国最大の鶏病被害としてのその原因及び原因物質を究明して行くうえでも、ダーク油の製造工程のチエツクが必要となり、それらの過程で、農林当局(農林大臣)と厚生当局(厚生大臣)とが、「有機的連携を保つて」病鶏の鶏肉、鶏卵が食用に供される危険を防止しようとすれば、食用油の危険は予見されることになる。  国家賠償法上の国の予見可能性は、個々の行政庁ではなく有機的統一体としての国の予見可能性があれば十分である、と考えるが、以下農林大臣、厚生大臣の予見可能性について言及する。 (3)農林大臣の予見可能性 (イ)前記のとおり、農林行政当局とりわけ福岡肥飼検の原因究明によりダーク油事件の原因がダーク油にあることが判明し、現地立入の結果、ダーク油とライスオイルとは同一企業、同一工場で、しかも米糠という共通の原料から同一製造工程によつて製造されていることを知りえたのであるから、ダーク油に有毒物が含まれていることが疑われる以上ライスオイルの安全性についても疑問を抱くのはむしろ当然のことであり、現に福岡肥飼検の矢幅飼料課長は、右立入調査の際、食用油は大丈夫か、と質問しているのである。  この段階で、問題のダーク油出荷前後のライスオイルを入手してこれを飼料に加えて鶏に与える飼育試験などの方法を採れば、ライスオイルにもまたダーク油と同じ毒物が含まれていたことが容易に判明しえた筈である。 (ロ)本件病性鑑定を依頼された家畜衛試では、鑑定の結果「油脂そのものの変質」という回答をしたが、実は一九五七年アメリカにおいて本件被害鶏ときわめて類似した病像を呈する病気で大量の鶏がへい死し、チツク・エデイマ病と名付けられ、その原因に関する研究報告が発表されているが、その文献によると有機塩素系化合物が右チツク・エデイマ病の原因物質とされており、東急エビス産業においても、ダーク油事件発生直後からチツク・エデイマ病に着目して原因究明に当つていた。  これに対して小華和鑑定は、ダーク油事件の原因究明に真面目に取り組まず、見当違いの回答をしたもので、ダーク油事件の解明を混乱におとし入れ、ライスオイルの有害性に着目する機会を失わせた。 (4)厚生大臣の予見可能性  食品の生産、流通に関する農林行政と食品の安全に関する食品衛生行政との緊密な関係から言えば、厚生大臣と農林大臣とは有機的統一体として把握され、前記(3)の農林大臣の予見可能性はそのまま厚生大臣の予見可能性に直結する。  そうでないとしても、ダーク油事件に関して特定の食品の安全確保のため或いは被害鶏の鶏肉、鶏卵が食用に供されないようにするため、農林行政当局(農林省畜産局)と厚生行政当局(厚生省環境衛生局)が有機的連携を保つて職務を行うのでなければその目的を達しえない場合には、農林大臣と厚生大臣とは一個の行政当局と同視しうるので、農林大臣の予見可能性はそのまま厚生大臣のそれに結びつくことになる。 (5)国は、福岡肥飼検がカネミ倉庫の立入調査をした昭和四三年三月二二日ころ、おそくとも同年四月下旬ころまでには、ライスオイルによる人身被害の可能性について予見が可能なものであつたから、一審被告国の機関である厚生大臣及び食品衛生行政を担当する北九州市長は、食品衛生法一七条、二二条にもとづき食品の収去、廃棄等を命じ、さらには被害の発生を防止するためカネミライスオイルの出荷販売停止、使用停止等応急の措置を直ちに採るべき義務があつたものである。  しかるに一審被告国(厚生大臣ないし北九州市長)は、右予見可能性を有しながら右の義務を怠り、なんらの適切な措置をも採らなかつたことによつて本件油症被害が発生ないし拡大したものであるから、国家賠償法一条一項により一審原告らが被つた損害を賠償すべき責任がある。 (四)結論  以上のいずれによつても、一審被告国は、国家賠償法一条一項により一審原告らが被つた後記損害を賠償すべき責任があるが、一審被告北九州市もまた前記(二)、(4)及び(三)の北九州市長及び食品衛生監視員の給与を支払い、その他費用を負担するものであるから、国家賠償法三条一項により一審被告国と並んで損害を賠償すべき責任がある。 3 (一)原判決a22頁の九行目から一一行目までを次のとおり改める。 「右のとおり、一審原告らが油症によつて被つた経済的、肉体的、精神的損害は甚大なものがあり、しかも個々の油症被害者についてランク付けをすることは出来ないものであるが、年若い者ほど長年月に亘つて油症被害に苦しみ続けることを考慮すれば、一審原告らの被つた損害を敢えて金銭で賠償するとき、一審被告らは一審原告らに対し包括損害の一部として一律に以下の各金額を支払うのが相当である。 (1)基準日(昭和四三年一一月一日、以下同じ)において満三一才未満であつた(昭和一二年一一月二日以降に出生した)患者について 生存患者 二、五〇〇万円 死亡患者 三、〇〇〇万円 (2)基準日において満三一才以上、五一才未満であつた(大正六年一一月二日以降昭和一二年一一月一日以前に出生した)患者について 生存患者 二、三〇〇万円 死亡患者 二、八〇〇万円 (3)基準日において満五一才以上、六一才未満であつた(明治四〇年一一月二日以降大正六年一一月一日以前に出生した)患者について 生存患者 二、〇〇〇万円 死亡患者 二、五〇〇万円 (4)基準日において満六一才以上であつた(明治四〇年一一月一日以前に出生した)患者について 生存患者 一、八〇〇万円 死亡患者 二、三〇〇万円 (二)原判決a22頁からa32頁までの死亡油症患者の相続関係(イ)ないし(ム)欄について、次のとおり相続人の氏名を訂正し、債権譲渡並びに相続関係についての主張を改める。 (1)(ホ)欄の「岩田美智子」とあるのを「白水美智子」と、(ワ)欄の「永山ユキ子」とあるのを「永尾ユキ子」と、(カ)欄の「松崎麗子」とあるのを「中村麗子」と、「中村静代」とあるのを「豊村静代」と、(レ)欄の「浜村わか子」とあるのを「横田わか子」と、「浜村よし子」とあるのを「小柳よし子」と、(ネ)欄の「前島鈴子」とあるのを「小笹鈴子」と、(ナ)欄の「永田留美子」とあるのを「渡邉留美子」とそれぞれ改める。 (2)(ラ)欄に「右債権譲渡の通知は、原告ら準備書面(第一一回)によつてなした。」(原判決a31頁一六行目)とあるのを、「右債権譲渡通知は、昭和五八年二月二六日付書面をもつてなし、該書面には同月二八日に一審被告鐘化、同国、同北九州市に、同月二七日に一審被告加藤三之輔に、それぞれ到達した。」と、(ム)欄全部を、「油症患者池田久江は、昭和四四年七月四日に死亡した。同人の相続人は、夫一審原告池田聡、長男同池田純夫、長女同小島圭子、二女同池田小夜子の四名である。一審原告池田聡は、右久江の夫として同人の権利の三分の一を、その余の右一審原告らは、いずれも同人の子として同人の権利の九分の二を相続した。」とそれぞれ改める。 (三)当審において新たに主張された死亡油症患者の相続関係について、原判決a32頁一行目の次に改行して次のとおり付加する。 (1)油症患者野口彰生は、昭和五六年六月一〇日に死亡した。同人の相続人は、妻一審原告野口静子、長男同野口清孝、三男同野口清の三名である。一審原告野口静子は右彰生の妻として同人の権利の二分の一を、その余の右一審原告らはいずれも子として同人の権利の四分の一を相続した。 (2)油症患者太田成春は、昭和五六年一二月一二日に死亡した。ところで、同人は、同年一一月二四日、民法九七六条に定める方式により、所有財産の全部を姉戸塚キミ子に包括的に遺贈する旨の遺言をなし、右遺言は、昭和五七年一月七日、福岡家庭裁判所の確認の審判(昭和五六年(家)第二二九一号事件)を受けた。よつて、一審原告戸塚キミ子は、右太田成春の包括受遺者として同人の権利の全部を承継した。 (3)油症患者井上孝子は、昭和五二年七月一〇日に死亡した。同人の相続人は、夫一審原告井上★幸、長女同姫野紀子、長男同井上幸一の三名である。一審原告井上★幸は、右孝子の夫として同人の権利の三分の一を、その余の右一審原告らは、いずれも右孝子の子として同人の権利の三分の一を相続した。 (4)油症患者谷口フジは、昭和五三年八月三〇日に死亡した。同人の相続人は、長男一審原告谷口一夫、二女同大場フミ子、二男同谷口勝美、三男谷口光雄(昭和五一年一二月二六日死亡)の養子同谷口隆雄、四男同谷口★已、五男同谷口武、七男同谷口梅雄、八男同谷口留雄、四女同加生和江の九名である。右一審原告らは、いずれも右フジ子の子(ただし一審原告谷口隆雄は子光雄の代襲相続)として、右フジの権利の九分の一を相続した。 (5)油症患者大場東は、昭和五三年七月一八日に死亡した。同人の相続人は、妻一審原告大場フミ子、長女同坂本節子、長男同大場和章、二女同山科美喜子、三女同大場早知子、四女同池長多恵子、五女同権藤久美、六女同池長千栄の八名である。一審原告大場フミ子は、右東の妻として同人の権利の三分の一を、その余の右一審原告らは、いずれも右東の子として同人の権利の二一分の二を相続した。 (6)油症患者武司は、昭和五四年一二月一一日に死亡した。同人の相続人は、妻一審原告武エイ子、長男同武和彦、長女同武佳与子の三名である。一審原告武エイ子は、右司の妻として同人の権利の三分の一を、その余の右一審原告らは、いずれも右司の子として同人の権利の三分の一を相続した。 (7)油症患者佐藤ナツヱは、昭和五二年二月一五日に死亡した。同人の相続人は、夫一審原告佐藤定夫、長女同真田美智子、長男同佐藤定美、二女同前田ますみ、二男同佐藤和博、三男同佐藤武志の六名である。一審原告佐藤定夫は、右ナツヱの夫として同人の権利の三分の一を、その余の右一審原告らは、いずれも子として右ナツヱの権利の一五分の二を相続した。 (8)前記(ト)欄の末尾につぎのとおり加える。 「樋口泰滋は、昭和五五年二月一六日に死亡した。同人の相続人は、妻一審原告樋口ヒサ、長女同北川洋子、長男同樋口英俊、二男同樋口達谷の四名である。一審原告樋口ヒサは、右泰滋の妻として同人の権利の三分の一(樋口サキの権利の三分の一)を、その余の右一審原告らは、いずれも右泰滋の子として同人の権利の九分の二(樋口サキの権利の九分の二)を相続した。」 (9)油症患者飯嶋政七郎は、昭和五五年九月一〇日に死亡した。同人の相続人は、長男一審原告飯嶋継人、二男同飯嶋直樹、二女同飯嶋英代、三男同飯嶋三千留、三女同飯嶋千寿の五名である。右一審原告らは、いずれも右政七郎の子として同人の権利の五分の一を相続した。 (10)油症患者有福清利は、昭和五七年一二月二二日に死亡した。同人の相続人は、妻一審原告有福美代子、長男同有福利和、長女同山本美佐江、二男同有福和弘の四名である。 一審原告有福美代子は、右清利の妻として同人の権利の二分の一を、その余の右一審原告らは、いずれも右清利の子として同人の権利の六分の一を相続した。 (11)前記(リ)欄の末尾につぎのとおり加える。 「油症患者森富子は、昭和五六年九月一九日に死亡した。同人の相続人は、長男一審原告森久幸、長女同森美智子の二名である。右一審原告らは、いずれも右富子の子として同人の権利の二分の一(森照夫の相続分を含め)を相続した。」 (12)油症患者古賀タツミは、昭和五三年九月四日に死亡した。同人の相続人は、夫一審原告古賀千代松、養子同古賀正治の二名である。一審原告古賀千代松は、右タツミの夫として同人の権利の三分の一を、一審原告古賀正治は、右タツミの養子として同人の権利の三分の二を相続した。 (13)油症患者七田乃枝子は、昭和五三年一一月二七日に死亡した。同人の相続人は、夫一審原告七田繁、長女同大林ルリ子、長男同七田哲露、二男同七田浩二の四名である。一審原告七田繁は、右乃枝子の夫として同人の権利の三分の一を、その余の右一審原告らは、いずれも右乃枝子の子として同人の権利の九分の二を相続した。 (14)前記(ヲ)欄をつぎのとおり改める。 「油症患者渡辺儀一は、昭和四四年一二月一三日死亡し、その相続人は、その妻渡辺アイ、養子一審原告渡辺リイであつたところ、右渡辺アイも昭和五五年六月二日に死亡し、同人の相続人は、養子一審原告渡辺リイ一名である。よつて、一審原告渡辺リイは、油症患者渡辺儀一の権利の全部について相続分を有する。」 (15)油症患者沢井武朗は、昭和五一年一二月一四日に死亡した。同人の相続人は、妻一審原告沢井チヱ、長男同沢井政人、長女同沢井美紀、二女同沢井由紀の四名である。一審原告沢井チヱは、右武朗の妻として同人の権利の三分の一を、その余の右一審原告らは、いずれも右武朗の子として同人の権利の九分の二を相続した。 (16)油症患者福島光次は、昭和五二年三月一九日に死亡した。同人の相続人は、妻一審原告福島ウメ、長男同福島武光、長女同福島津多惠、二男同福島芳光、三男同福島徳一、四男同福島和美の六名である。一審原告福島ウメは、右光次の妻として同人の権利の三分の一を、その余の右一審原告らは、いずれも右光次の子として同人の権利の一五分の二を相続した。 (17)前記(ツ)欄につぎのとおり加える。 「池口ヤヨは、昭和五五年一〇月一一日に死亡した。同人の相続人は、夫一審原告池口念次郎、長女同古佐小キヌヱ、三女同池口和代、長男同池口裕次の四名である。一審原告池口念次郎は、右ヤヨの夫として同人の権利の三分の一(江上モトの権利の一五分の一)を相続し、その余の右一審原告らは、いずれも右ヤヨの子として同人の権利の九分の二(江上モトの権利の四五分の二)を相続した。」 (18)油症患者這越勇蔵は、昭和五四年四月二一日に死亡した。同人の相続人は、妻一審原告這越マシ、二男同這越直吉、長女同中村トセ、二女同江上サツ、三女同赤瀬キサの五名である。一審原告這越マシは、右勇蔵の妻として同人の権利の三分の一を、その余の右一審原告らは、いずれも右勇蔵の子として同人の権利の六分の一を相続した。 (19)油症患者泉谷敏雄は、昭和五四年一一月二一日に死亡した。同人の相続人は、妻一審原告泉谷政子、父泉谷団一郎の二名である。一審原告泉谷政子は、右敏雄の妻として同人の権利の二分の一を、泉谷団一郎は、右敏雄の父として同人の権利の二分の一を相続した。その後、昭和五五年五月二五日に、右一審原告と泉谷団一郎の遺産分割協議により、本件損害賠償請求権については、同一審原告が全部相続する旨の合意が成立した。よつて、一審原告泉谷政子は泉谷敏雄の権利の全部を承継した。 (20)油症患者水谷ツルは、昭和五七年一二月八日に死亡した。同人の相続人は、長男一審原告水谷吉男、長女同水谷エイ子、二女同水谷トシ子、二男同水谷定雄、三男同水谷清市の五名である。右一審原告らは、いずれも右ツルの子として同人の権利の五分の一を相続した。 (21)油症患者江上倉蔵は、昭和五三年九月二八日に死亡した。同人の相続人は、二女一審原告藤原ハルヱ、三女同寺脇ヤスヱ、四女同江口マサヱ、長男同江上長之助、五女同笠松アマノ、二男同江上貞夫、六女同道脇トミ子の七名である。右一審原告らは、いずれも右倉蔵の子として同人の権利の七分の一を相続した。 (22)油症患者海野武夫は、昭和五五年一二月三日に死亡した。同人の相続人は、妻一審原告海野静江、長女同渡邊瑠璃子、長男同海野輝夫、二男同海野勲夫の四名である。一審原告海野静江は、右武夫の妻として同人の権利の三分の一を、その余の右一審原告らは、いずれも右武夫の子として同人の権利の九分の二を相続した。 (23)油症患者二井正夫は、昭和五一年一一月三日に死亡した。同人の相続人は、妻一審原告二井チヨ子、養女同二井美栄子、養子同二井孝の三名である。一審原告二井チヨ子は、右正夫の妻として同人の権利の三分の一を、その余の右一審原告らは、いずれも右正夫の子として同人の権利の三分の一を相続した。 (24)油症患者毛頭キヨコは、昭和五七年七月二八日に死亡した。同人の相続人は、長男一審原告毛頭和則一名である。同一審原告は、右キヨコの子として同人の権利の全部を相続した。 4 原判決a21頁一九行目の「別紙〔三〕請求債権額一覧表中ロの」とあるのを「当審別紙〔三〕請求債権額一覧表中の」と、同a22頁一行目及びa32頁二行目の「別紙〔四〕死亡油症患者一覧表」とあるのを「当審別紙〔四〕死亡油症患者一覧表」と、同行目の「右(イ)ないし(ム)記載の相続関係により」とあるのを「以上の相続関係により」と、同頁三、四行目の「別紙〔三〕請求債権額一覧表ハ」とあるのを「当審別紙〔三〕請求債権額一覧表」と、同頁六行目の「別紙〔三〕請求債権額一覧表のイ欄記載の各原告」とあるのを「一審原告ら」と、同頁七行目の「同目録ロハ欄」とあるのを「当審別紙〔三〕請求債権額一覧表」と、同行の「一割」とあるのを「二割」と、同頁八行目の「同表ニ欄」とあるのを「同表弁護士費用欄」と、同頁一一、一二行目の「別紙〔三〕請求債権額一覧表のホ欄記載の各損害金(同表ロハニ欄記載の各金額の合計額)」とあるのを「当審別紙〔三〕請求債権額一覧表の請求合計金額欄記載の各損害金(一審原告井藤良二、同渡邊瑠璃子を除き請求拡張)」と、それぞれ改める。 二 請求原因に対する一審被告らの答弁  一審被告らの各答弁は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示(原判決a32頁一五行目からa45頁三行目まで)と同一であるからこれを引用する。 1(一審被告国、同北九州市)  原判決a40頁五行目から一九行目までの記載を次のとおり改める。 (一)(一)の事実中、一審被告国がPCBを一審原告ら主張のようにJIS規格に指定したことは認めるが、その余は争う。 (二)(二)の事実について、一審原告ら主張の規定が食品衛生法に存在し、同法により厚生大臣等に各種の権限が付与されていること、食用油製造業が営業許可業種に指定されていなかつたこと、カネミ倉庫がびん詰、かん詰食品製造業者として営業許可業種に指定されていたこと、福岡県知事ないし北九州市長が一審原告ら主張の営業許可ないし更新をなしたこと、びん詰かん詰食品製造業の食品衛生監視員による監視回数が年一二回となつていること、実際の監視回数はそれを満たすものではなかつたことは認めるが、その余は争う。 (三)(三)の事実について、ダーク油事件が一審原告ら主張のような事件で、福岡肥飼検の係官がその主張のころ鶏のへい死に関する報告を受け配合飼料メーカーから事情を聴取したこと、その結果カネミ倉庫のダーク油を配合した飼料によつて事故が発生したことが判明したこと、福岡肥飼検が配合飼料メーカーに顛末書の提出を求めたこと、その主張のころ係官がカネミ倉庫の立入調査を行つたこと、福岡肥飼検から家畜衛試に病性鑑定を依頼したこと、右病性鑑定の回答がなされ、その回答中に一審原告ら主張のような記載がなされていることは認めるが、その余は争う。 2(一審被告鐘化)  原判決a38頁二〇行目の次行に(四)として次のとおり付加し、二一行目の(四)とあるのを(五)と改める。 「本件事故は、後記のとおり、カネミ倉庫の一号脱臭缶改造工事の際の工作ミスによつてカネクロールがライスオイル中に漏出したが、カネミ倉庫において、右汚染油を再脱臭して出荷したため発生したものであり、一審被告鐘化の注意義務懈怠との間に相当因果関係はない。」 3(一審被告ら全員)  請求原因3の(三)の当審において新たに主張された死亡油症患者の相続関係については、油症死亡患者の死亡の事実は認めるが、相続の事実は知らない。 三 一審被告加藤の抗弁とこれに対する答弁  右抗弁は原判決事実摘示(原判決a45頁五行目から同頁一一行目まで)と同一であるからこれを引用し、これに対する一審原告らの答弁は原判決事実摘示(原判決a45頁一六行目から同頁一八行目まで)と同一であるからこれを引用する。 四 一審被告鐘化の予備的主張(抗弁)  仮に、一審被告鐘化の行為が本件油症事故の発生になんらかの寄与をしたと認められるとしても、本件油症事故の発生は、カネミ倉庫の反社会的、犯罪的行為によつて発生したものであり、さらにカネミ倉庫及び国は、ダーク油事件が発生した時に当然に汚染油の存在並びに汚染油からの本件油症被害の発生を予測しえたにも拘らず、なんら的確な事故拡大回避措置を採らなかつたものであつて、これらの点に比べると、鐘化の本件事故に対する寄与の度合はきわめて僅少なものと言わなければならない。  このように、結果の発生に対する寄与度が顕著に異なる場合には、それぞれの寄与度に応じて相当因果関係の範囲を画することが衡平の原則に適う所以であるから、一審被告鐘化については、その寄与度に応じた責任の分割、減縮が認められるべきである。 五 請求原因を理由あらしめるその余の事実並びに一審被告らの各主張に対するその余の反論及び一審原告らの各主張に対する一審被告らのその余の反論については、一審被告鐘化主張のフランジ説に係る部分を除き後記当審における補足的、追加的主張を加えるほか、原判決第五、第六分冊中の一審原告ら及び一審被告らの各準備書面記載のとおりであるからこれを引用する。 六 一審被告鐘化の追加的、補足的主張 1 本件事故の原因としての工作ミス説について (一)本件事故は、一審原告らが主張するように、六号脱臭缶のカネクロール蛇管に生じたピンホールからカネクロールが食用油中に混入して発生したものではない。  本件事故は、実はカネミ食庫の従業員が、昭和四三年一月二九日一号脱臭缶の温度計部分の改造工事中に起こした熔接工事のミスによつて同号缶のカネクロール循環コイルに孔をあけ、これにより大量のカネクロールが米糠油に混入したが、カネミ倉庫においてこれに気付き、この汚染した油を、一旦は脱臭缶から回収保管したものの、これに脱臭操作を加えることによつてカネクロールを除去し食用油に再生しようと企て、同年二月上旬ころ実行に移し、カネクロールが十分除去されたことも確認しないで、製品として出荷したことによるものである。 (二)カネミ倉庫は、昭和四二年一〇月ころ、脱臭缶内の油温測定について、それまでの各缶別の棒状水銀温度計による方法から脱臭缶から離れた場所において各脱臭缶内の油温を集中的に読み取ることが出来る隔測温度計による方法に変更したが、右変更工事において、従来使用していた棒状水銀温度計の保護管を隔測温度計の検知端を収納する管としてそのまま用いることとし、検知端の温度を良好にするため、検知端が直接油に接触するよう右保護管の先端部分に孔があけられた。右先端部分に孔をあける方法としては、脱臭缶の外側より電気熔接棒を保護管に差し込み、約五〇〇ミリメートル奥のその先端部分を熔融し開孔させる方法によつた。  ところが、昭和四三年一月下旬ころ、一号脱臭缶の温度検知状態が不良となつたため、前記工事によつてあけた保護管先端部分の孔が油で詰まつているものと推定し、同月二九日営繕課第一鉄工係員権田由松によつて、前同様の方法で右孔の拡大工事が行われたが、その際同人が電気熔接棒を保護管内に突つこみすぎ、保護管先端から至近の距離にあるステンレス製カネクロール循環コイルを熔融させこれに孔をあけた。そして、関係者がこれに気がつかないまま脱臭作業が行われたため、右孔からカネクロールが食用油に漏出した。  同月三一日になつて、カネミ倉庫の従業員は右漏出の事実を知り、脱臭係員川野英一らによつて約三ドラムの汚染油は回収タンクに回収された。  その後、カネミ倉庫では、同年二月二日ころからこの汚染油を食用油として再生することを試み、森本工場長から「正常油に少しずつまぜて脱臭するように」との指示を受け、正常油と混合させながら再脱臭を行つた。当時同倉庫で試験室長をしていた今津順一は、カネクロールは再脱臭すれば飛ぶと言つており、そのため汚染油を再脱臭してまで出荷したものと思われる。 (三)本件油症事件は、カネクロールが大量に漏出した事件であつて、このように大量漏出事故が発生したならば、脱臭工程の操業は操業量の低下、場合によつては操業停止という異常事態が発生する筈であるところ、改ざんされているカネミ食庫の操業記録を復元して解析してみると、同年一月二九日から同月末までの間にカネミ倉庫において、脱臭工程の異常(操業停止)が発生していることが判明した。これは右工作ミス説を裏付けるものと言うべきである。 (四)本件油症事故においては、二〇〇ないし三五〇キログラムという大量のカネクロールが米糠油に漏出、混入しているのであるから、このように大量のカネクロールの漏出事故が発生した場合には当然この損失分を補給する必要が生じる。  カネミ倉庫は、同月三一日三油興業株式会社九州営業所にカネクロールを緊急手配し、右三油興業はこれを受けて一旦日新蛋白工業株式会社に納入していた五〇キログラムと吉富製薬株式会社から借り受けた二五〇キログラムをカネミ倉庫に納入している。右カネクロールの補給状況は油症事故の原因がピンホールではなく工作ミスによるものであることを裏付けるものである。 (五)カネミ倉庫は、同月三一日突然に六号脱臭缶の試運転を行つたが、同缶の稼働再開と共に一号脱臭缶についてはその運転が停止され、しかも同年二月中に同缶が運転していなかつたこと自体を隠蔽している。これは右工作ミスによつて一号脱臭缶が使用不能になつた結果、代替缶としての六号脱臭缶を稼働させたものとみるべきである。  なお、カネミ倉庫の係員二摩初によつて後日試験日報の記載を脱臭缶番号6とあるのを1と書きかえたことは、右工作ミスという重大事故を隠蔽するための改ざんにほかならない。 (六)ピンホール説の最大の論拠は九大鑑定であるが、そもそも九大鑑定は、油症事故の原因事実を全般的に解明するために行われたものではなく、六号脱臭缶内のカネクロール循環コイルに発見されたピンホールの形状、成因、同孔からのカネクロール漏出量について検討するためのものであり、かつそれに止まるものである。しかも、九大鑑定が示しているピンホールの開孔(短時日のみの開孔)及びその後の閉塞の可能性は、実証を伴わない根拠の薄弱な推測にほかならず、現実性を欠いている。 (七)その他、ピンホール説では、前記事故ダーク油中のカネクロールの化学的組成がカネミ倉庫で使用中のカネクロールよりも低沸点成分が少く高沸点成分が多いパターンであることや、カネミ倉庫で何故カネクロールの大量漏出を看過したのかについて、合理的な説明をすることができず、工作ミス説によつてのみその合理的な説明が可能である。 (八)以上のとおり、本件油症事故はカネミ倉庫の工作ミスによつて発生したものであるが、同倉庫はカネクロールの大量漏出を知つた時点で、これを廃棄するか或いは他の無害な工業用途に転用するかの措置を採ることによつて、汚染された食用油による危険を自己の責任において防止すべきであつたのに、それらの方法を選ばず、あえて未経験、未確立のリスクを伴つている再脱臭という方法を選んだ。  そして、カネミ倉庫は右脱臭油につき、その安全性について確信を持たないまま、むしろ危険であると感じながらこれを出荷したものであつて、その行為は反社会性の著しい犯罪的性格のものと言わざるをえない。  一審被告鐘化としては、カネミ倉庫がこのような反社会的行為をあえて犯すであろうことは予見することができず、また予見義務もないというべきである。そこで、一審被告鐘化は、当審において右工作ミス説による主張をもつて第一次的主張とするものである。 2 カネミ倉庫は、カネクロールの大量漏出を知り、若しくは少くともこれを疑うべき事情にありながら、汚染された食用油を廃棄するなどの適切な対応措置を採ることなく右食用油を出荷したものであつて、カネミ倉庫にこのような固有かつ重大な過失がある場合には、一審被告鐘化にカネクロールの毒性について調査をすべき義務並びに情報提供の義務があり、これを怠つたとしても、本件油症事故との間の因果関係は遮断されているものであつて、本件油症発生との間に相当因果関係はないと解すべきである。 3 PCBの毒性について  一審原告らは、PCBが有毒な危険物質であり、本件油症事故前からドリンカーらの報告によつてその危険性が認められていたかのように主張するが、少くとも本件油症事件発生前においては、PCBの危険性に対する知識は相体的に殆んどなく、かえつてドリンカーらの報告によればその急性毒性値は低く、PCBは低毒性であると一般に理解されるようになつた位であつて、これを食品工業も含めて産業上使用するについては、労働環境面から吸気暴露に注意を促されていただけの月並の工業薬品にすぎないものである。今日問題となつているPCBの毒性は、当時予想しなかつた蓄積毒性の問題である。  また、カネミ油症の原因となつた物質はPCBそのものではなく、むしろPCDF、PCQであつて、これらの物質は、カネミ倉庫が前記工作ミスによつて大量の熱媒体を食用油中に混入させ、その汚染油を再脱臭し、PCBを特に過熱したことによつて生じたものであり、本件油症当時、PCBからこのような油症の原因物質が生成されることは何人も知らなかつたことである。  したがつて、一審被告鐘化に、この点に関する調査、研究の義務とその結果にもとづく警告義務があつたことを前提にして本件油症中毒事故の責任を求めることは許されないことである。 七 一審被告国、同北九州市の補足的主張 1 国にPCB規制上の責任がないことについて (一)一審原告らは、通商産業省が昭和三八年にPCBをトランス用の絶縁体としてJIS規格に指定したことによつて、国がPCBの大量生産と大量販売を奨励し、本件油症の原因を作り出したと主張するが、JIS規格は工業標準化法一条に規定するように、鉱工業品の品質の改善、生産能率の推進その他生産の合理化等を図ることを目的として制定されたものであり、トランス用の絶縁体としての工業規格は専ら電気の持つ危険性に着目し、トランス加熱、発火、腐食ひいては漏電から防止しうるにたる品質の規格化を図つているもので、一審原告らの問題にする安全性とは全く異なるものであつて、右JIS規格の指定並びにその後三年毎の工業標準見直しの規定をもつて国がPCBの生産と販売を奨励したものとすることは、全く理由がないものである。 (二)一審原告らは、当時「毒物及び劇物取締法」、「薬事法」、「食品衛生法」などの関係法令があつたのであるから、まだ「化学物質審査規制法」が制定されていなかつたとはいえ、国は右関係法令にもとずく権限を行使して、化学物質による被害から国民の生活、健康を保全する責務があると言うが、もともと「毒物及び劇物取締法」は、慢性的に作用して人の健康に係る被害を生ずるおそれのあるものについては規制の対象としえないし、製造から流通の過程を規制しているものであつて、用途制限を目的とするものではない。薬事法についてもその対象となるのは医薬品であつて、PCBのような工業用原料については規制の対象としていないし、食品衛生法もまた食品、食品添加物を規制の対象とするものであつて、工業用原料については規制の対象としていない。  PCBのような化学物質による環境経由人体汚染の問題を未然に解決するためには、従来にない新しい思想、知識を導入する必要があり、困難な問題が多かつたが、従来の法体系では対処しえなかつたPCB問題の再発を防止し、化学物質の規制体系を確立するために制定されたのが化学物質審査規制法であり、同法は昭和四八年四月に成立した。  そして、米国においても化学物質一般の規制を目的とした有害物質規制法の成立をみたのはごく最近のことであつて、これらのことを考えると、わが国の対策が特に怠慢とも言えないことは明らかである。 2 国、北九州市の食品衛生行政上の責任について (一)一審原告らは、国が、PCBの有毒性、食品工業において熱媒体としてPCBが使用されていたことや食品工業における熱媒体としてPCBを使用することの危険等のそれぞれについて認識可能性を有していた、と主張するが、右PCBの有毒性というのは、実は環境に流出した場合の有害性を言うところ、国にそこまでの認識ないし認識可能性もなく、また国は本件当時食品工業においてPCBが熱媒体として使用されていることを知らなかつたものである。 (二)食品製造における化学物質の規制について考察してみるに、食品衛生行政における化学物質の規制は、食品に意図的に混入される食品添加物を中心として、食品に残留する危険性のある農薬、乳幼児が口に入れる玩具、化学物質が食品に溶出するおそれのある容器、包装等に重点が置かれていたが、これは食中毒発生の危険性、化学物質が規制されるに至つた経緯、過去における経験等からみてきわめて妥当なものであつた。  本件事故発生以前には、諸外国においても熱媒体の規制が問題になつたことはなく、化学物質による事故としては、僅かに誤用或いは容器等から溶出が知られていたにすぎない。  このように、本件当時は熱媒体が食品に混入する危険性について全く問題とされず、PCBの食品工業への使用も一般には知られていなかつたのであつて、右のような状況の下において、国に熱媒体として使用されるPCBが食品に混入する危険性を認識し、これを規制する義務があつたとは到底言えないものである。  さらに、本件事故発生まで熱媒体が熱交換器から漏出して食品に混入したという経験がなく、そのような事故が発生するということすら予想する者もなく、一般には熱媒体の食品混入についての危惧感はなかつたのであるから、当時食品衛生担当行政機関(厚生省)が熱媒体の混入防止基準を定める必要性を認識していなかつたとしても、なんら非難されることはない。 (三)一審原告らは、内閣が本件油症事件発生前に政令で食用油脂製造業を営業許可業種に指定しなかつたことを違法であると主張するけれども、当時としては、食用油脂というのは食品衛生上問題のある、換言すれば事故をおこす可能性のある食品とは考えられていなかつたのである。そのころ食用油脂にもとづく食中毒の事件はなかつたと言つてもよく、また当時までに食品製造工程中で熱媒体が漏出して食品に混入したという経験も有していなかつたものであつて、製造工程或いは施設について規制を行う必要がないと一般に認識されていたのである。  したがつて、内閣が本件油症発生前に食用油脂製造業を営業許可業種に指定しなかつたことになんら違法はない。 (四)一審原告らは、食品衛生監視員がカネミ倉庫に対し所定回数の監視をしなかつたことに監視上の権限の不行使があつたと主張する。  しかし、右主張と本件事故との間に因果関係があるとは言えないから、一審原告らの右主張が本件請求の理由となりえないことは明らかである。  付言するに、食品衛生監視員としては、当時食用油脂製造工場において脱臭工程で熱媒体を使用していたことの認識がなかつたものであるが、仮に担当監視員がPCBを熱媒体として使用していることを知つていたとしても、その使用方法からして油中に混入するということは通常考えられず、またカネミ倉庫においては、二四時間連続して脱臭装置の運転をしており、特に客観的に検査しなければならない特段の事情が現認ないし予測されない限り、脱臭装置を分解させ、その内部を検査する(脱臭缶自体が真空で密閉された状態になつている)等のことは通常できないことである。  したがつて、担当監視員がカネミ倉庫の監視に当り脱臭装置や熱媒体に注目しなかつたとしても、権限の不行使が著しく合理性を欠くとは言えないことは明らかである。 3 ダーク油事件における国の責任について (一)ダーク油事件における国の責任について、一審原告らが言わんとするところは、ダーク油が危険であつたのであれば当然食用油の危険を予見できた筈であり、食用油の危険性が予見できる以上本件油症事件の発生、拡大を防止すべき義務があつたのに、国は何らの措置もとることなく放置した違法があるというものである。  しかし、ダーク油事件発生の情報を農林省福岡肥飼検が入手した昭和四三年三月一四日の時点では、カネクロール混入食用油が出荷されてすでに約四〇日経過しており、当時農林行政当局にとつても厚生行政当局にとつても食用油の危険性を予見するのは不可能であつたというべく、国に対して本件油症事件の発生、拡大を防止せよと要求することは不可能を強いるものである。 (二)福岡肥飼検は、昭和四三年三月一四日に鹿児島県畜産課からブロイラーへい死事故発生の報を受け、配合飼料を製造していた東急エビス産業に事情をたしかめ被害実態の調査に乗り出したところ、配合飼料に添加しているダーク油が原因らしいことが判明した。福岡肥飼検としては、当時ダーク油が農林大臣の指定する飼料の中に含まれず、その製造工場であるカネミ倉庫に対して立入調査権がなかつたけれども、ダーク油の製造方法、出荷台帳によるダーク油の出荷状況等を把握する必要があつたため、カネミ倉庫の事前の了解をえて任意の調査としての立入調査を行つた。  福岡肥飼検の矢幅課長は、カネミ倉庫で工場長らにダーク油製造工程図等の提示を求め、使用原料、製造工程を聴取し、立入調査の所期の目的を達したが、ダーク油事件発生の報告を受けて以来福岡肥飼検の採つた一連の措置は適切なものであつた。 (三)一審原告らは、ダーク油と食用油が同一企業、同一工場で、しかも米糠という共通原料から同一製造工程によつて製造されているのであるから、農林行政当局としては、カネミ倉庫立入調査の時点で食用油の危険性を予見すべきであると言うが、当時異常はダーク油によつて発生しており、食用油に異常があるとの情報も入つていなかつたこと、食用油製造の殆んど最終過程である脱臭工程で生ずる飛沫油、あわ油をダーク油に戻すことについてはなんらの説明を受けていなかつたこと、及び矢幅飼料課長の職務権限は飼料の品質確保のために飼料原料たるダーク油について調査することであり、食用油の危険性について調査することは職務外であつて、一般に食用油の危険について認識する職務上の義務はないと言えること等に鑑みると、同課長らが食用油の安全性に疑念を持たなかつたとしても無理からぬことであつて、右農林行政当局の対応には違法はないと言うべきである。 (四)家畜衛試は、同月二五日付で福岡肥飼検から病性鑑定の依頼を受け、行政措置上事件のすみやかな原因究明が必要であつたため、再現試験を異例ともいえるスピードをもつて実施し、同年六月一四日病性鑑定成績の回答をなした。  他方、農林省畜産局流通飼料課においては、家畜衛試の病性鑑定報告に接し、家畜衛試のみではその原因究明は困難と判断し、また油脂に問題があるとすれば規格を設定して流通させる必要を考え、油脂の研究担当者からなる油脂研究会を発足させているのであつて、ダーク油事件を通じて行政当局及び試験研究関係者の全力を尽した努力の跡が窺え、農林省の対応が怠慢と批判されるいわれはない。  一審原告らは、前記鑑定において、小華和忠が「油脂そのものの変成による中毒」と考察したことを非難するが、右鑑定の主目的であつた再現試験は十分その目的を達していること、油脂の変成説は後日否定されることになるが病性鑑定の方法は消極的な方法とはいえ疑問とする問題点を一つずつ科学的に検討していつたものであること。さらには農林省では前記のとおり油脂研究会を開催して原因究明を続けていたことを考えると、右病性鑑定を非難するのは失当である。 (五)以上のとおり、農林行政当局にとつて、ダーク油事件当時食用油の危険性を予見することは不可能であつたのであるから、農林省担当官が厚生省担当官に連絡しなかつたことについて職務懈怠があると言えないことは明らかである。 4 損害論について (一)油症は、有機塩素化合物であるカネクロール及びその誘導体が混入した食用油を経口的に摂取したことによつて発症した急性、亜急性の中毒性疾患である。  ところで、その本態は人体の脂質代謝異常と薬物代謝酵素の誘導であつて、いずれも器質的変化(疾患)ではなくて一時的な機能的変化(疾患)である。つまり、器質的変化とは不可逆的な治らないものであり、機能的変化とは可逆的なもので原因物質がなくなれば元に戻るものであつて、これらの機能的疾患の多くが神経症か心身症であるとされる。  その症状は★瘡様皮疹、色素沈着、眼症状などの皮膚粘膜症状を最も特徴的とし、他に気管支炎様の呼吸器症状、感覚性ニウロパチー、粘液嚢炎などの他覚症状、さらに全身倦怠感、頭痛や頭重、不定の腹痛、手足のしびれ、せき、たん等の自覚症状がある。 (二)油症被害は、前述のように経口摂取したPCBによる中毒であるが、中毒性物質の体内摂取によつて発症する中毒性疾患においては、おおむね物質の摂取量と症状との間にドーズ・レスポンスすなわち原因物質の摂取量に応じて中毒症状が発生し、またその症度が決まる関係にある。  このことは、本件油症においても、患者の摂取油量が増すにつれて重症者の占める割合が増加していること、血中PCB濃度とガスクロマトグラムのパターンA(油症患者に特有のもの)、B(Aに近いもの)及びC(一般人と見分けがつきにくいもの)との間に相関関係があること、血中PCB濃度と皮膚症状に相関関係があること、眼科症状が血中PCB濃度及びパターンと密接な関連性を有すること等からして、PCB摂取量と症状との間にドーズ・レスポンス関係が成立していることは明らかである。  原審及び当審での梅田玄勝証人は、患者の内科的全身症状が多彩であるからランク付けは不可能であるとするが、一審原告ら患者の訴える内科的症状の殆んどは、油症特異性を客観的に証明できないいわば心因性の不定愁訴というべきものである。  したがつて、油症の症度ランク付けは可能であり、その症度判定は、皮膚粘膜症状を最重点とし、血中PCB濃度とパターンの血液検査値を考慮して行えば、客観的、合理的であり、妥当性を十分具えているものである。 (三)一審原告らは、油症を不治の疾病であるかのように主張するが、油症が前記のとおり可逆的機能変化を主とするものであり、体内のPCBは減る一方で再び増える筈はないから、長い目で見れば治癒の方向に向つていることは確実であり、いつかは全治する筈のものである。  油症児についても、その成長発育の実態が油症発生七年後に調査されているが、その結果によると、調査を受けた全員が標準偏差値の範囲に入つており、一過性の発育障害では一時的に成長速度の低下をみるが、その原因が除去された後には本来の成長速度より早い速度で成長し、次第に本来の成長曲線に戻るというキヤツチアツプ現象が認められ、PCB中毒が一時的成長をはばんだとはいえ、慢性的障害をもたらすものでないから、油症児の今後の成長発育にはなんの心配もないと言える。 (四)油症患者の死亡数は、昭和五五年五月末日現在で八五名であるが、その死因は悪性新生物二三名、心疾患二二名、脳血管疾患一一名であり、これと死亡統計による日本人全体の死亡原因、内容を比較してもその間に有意差は認められない。  また、死亡率についてみても、昭和四四年から昭和五四年までの日本人の死亡の平均は年間人口一、〇〇〇対比で六・四三であるのに対し、昭和五三年一二月現在の油症患者数一、六八四名を基礎として計算した死亡率は四・二となるので、油症患者の死亡率は日本人全体のそれよりも低いことになる。  さらに、症状鑑定においても、油症と死亡との間の因果関係は不明であるとしているが、その意味は死亡との因果関係を肯定する証拠がないということであつて、実質的には因果関係を否定したものと解すべきである。 第三 証拠〈略〉        理   由 (当事者双方から提出された書証のうち成立に争いのある書証については、別紙〔五〕「真正に成立を認めた証拠目録」中の真正に成立を認めた証拠欄記載の各証拠によつてそれぞれの成立を認める。以上書証を引用する場合は、単に書証番号のみを掲記することとする。) 第一 当事者  当事者については、原判決理由説示(原判決a48頁八行目からa54頁一七行目まで)と同一であるからこれを引用する。 第二 本件油症事件の発生の経緯と概況について  油症患者発見の経緯、一審被告国、同北九州市並びに福岡県の油症調査、油症研究班の成立とその油症に関する調査活動、被害の状況等については、原判決理由説示「第二 カネミライスオイル中毒症(油症)発生の経緯と概況」(原判決a54頁一八行目からa70頁末行まで)のとおりであるからこれを引用する(但し、原判決a55頁一六行目に「塚本」とあるのを「塚元」と訂正する)。 第三 本件油症事故の原因解明について 一 カネミ倉庫におけるライスオイルの製造工程とカネクロールについて  カネミ倉庫におけるライスオイルの製造工程(原判決a71頁二行目からa75頁三行目まで)、カネクロールの概念(原判決a75頁四行目からa80頁一〇行目まで)、PCBの毒性(原判決a80頁一一行目からa83頁七行目まで)及びカネミ倉庫での脱臭装置の増設経過(原判決a83頁二〇行目からa86頁二〇行目まで)については、いずれも原判決理由説示と同一であるからこれを引用する。 二 カネクロールの混入経路について  本件油症事件は、カネミ倉庫がライスオイル製造の脱臭工程で使用していたカネクロール四〇〇がライスオイルに混入したため発生したものであるが、右カネクロール四〇〇の混入経路について、一審原告らは、六号脱臭缶内のカネクロール蛇管に腐食孔(ピンホール)が生じ、右ピンホールには日ごろ充填物がつまつていたところ、昭和四二年暮ごろ修理した際に衝撃等のため欠落し、昭和四三年一月三一日同号缶の試運転開始以来同年二月上旬にかけて右ピンホールからカネクロールが漏出混入したと主張する(以下「ピンホール説」という)。  これに対して、一審被告鐘化は、原審において、同号缶の内部にある内筒外側の加熱パイプのフランジからカネクロールの漏洩が起こつたものと主張していたが、当審で右主張を撤回し、事故原因について、昭和四三年一月二九日一号脱臭缶の隔測温度計保護管先端の熔融工事をした際、カネミ倉庫の従業員権田由松の工作ミスによつて、同号缶内のカネクロール蛇管に孔をあけ、その孔からカネクロールが食用油中に漏出したものであるが、カネミ倉庫が右カネクロールの混入した汚染油を一旦回収タンクに回収したものの、正常油と混合しながら再脱臭を行い、右再脱臭油を点検することなく出荷した結果、本件事故が発生したと主張する(以下「工作ミス説」という)ので、この点について以下検討する。 三 ピンホール説と工作ミス説 1 ピンホール説は九大鑑定と六号缶におけるピンホールの存在を根拠とするものであるが、右ピンホール説の概要については原判決理由説示(原判決a86頁二二行目からa92頁二行目まで及び同a94頁一五行目からa95頁一四行目まで)と同一であるからこれを引用する。 2 工作ミス説は、右ピンホール説ではピンホールの開孔、閉塞についての科学的論拠を欠き、カネクロールが一時に大量に漏出したこと、それをカネミ倉庫の従業員が看過したこと等を合理的に説明することができないとして主張されたものであるが、まず、右主張を裏付ける直接的な証拠としてカネミ倉庫の元脱臭係長樋口広次をめぐる一連の証拠、つまり丙第一〇四三号証(丙第一六四一号証は同じもの、加藤八千代の講演記録並びに引用の書簡についてと題するものの公正証書)中に資料として添付された樋口広次から加藤八千代に宛てた手紙、丙第一〇四二号証(弁護士松浦武と樋口広次の対談記録の公正証書)並びに当審証人樋口広次の証言が存在するので以下右各証拠について検討する。 (一)樋口広次は、当審で証人として尋問されたが、工作ミスに関連する事項についての質問に対しては、終始沈黙してなに一つ答えなかつた。  右証人尋問に先立ち、弁護士松浦武、一審被告鐘化の総務部長佐藤宏夫が右樋口と面接し、右面接の一部始終を録音テープに取り、これを再現したものが丙第一〇四二号証の対談記録であるが(丙第一六五三号証によれば、右対談記録は松浦弁護士が樋口本人の承諾をえないまま秘密裡にテープに採取したものである)、長時間に亘る対談の中で、樋口は松浦弁護士の積極的な誘導に対してあいまいなどうとでも取れる言葉でこれに応じていることが多く、事故の原因について自らの発言に責任を負わなければならないような決定的な事柄は、なに一つ自分の方から発言していないのであつて、工作ミス説の概要を把握するためには、前記丙第一〇四三号証中の手紙及び丙第一六五三号証(松浦武の小倉二陣証人尋問調書)を参酌しなければ、その意味を十分捕捉することができないのである。  前示のように、対談の様子を秘密裡にテープに採取され、密室の中で殆んど対談の相手方以外の者を顧慮する必要がないとみられる場合においてさえ、状況の説明について、なおこのような発言に止つていることに徴すると、そのまま素直に信憑性を首肯することができないものと言うべきである。 (二)そこで、樋口広次が加藤八千代に宛てた手紙について仔細に検討してみるに、右手紙は昭和五五年七月一二日付と同年九月一一日付の二通が存在し、後者の手紙中には工作ミス説を詳述した1ないし9と番号を付された部分と1ないし6と番号を付された別便かとも思われる部分とがあるが、右工作ミス説を詳述した部分は、多少の誤字、脱字はあるもののかなり難しい漢字を使用して工作ミス説の経過を理路整然と述べているのに対して、別便かとも思われる部分においては、多少難しい漢字については、カシツ(過失)、レイグう(冷遇)、ケイジ(刑事)、ジサツシヤ(自殺者)せき人(責任)というような使い方になつており、その著しい差異と丙第一六四六号証により、樋口がカネミ倉庫に入社する際に世話をした二摩初が、樋口さんは余り字を知らないのでと述べていることが認められることに照らしても、右工作ミス説の記述が本人の記憶に基づいてそのまま記載されたものかどうか些か疑問なしとせざるをえない。 (三)また、〈証拠略〉によれば、樋口広次は昭和四三年一一月以降数ケ月に亘つてカネミ油症における業務上過失傷害被疑事件の被疑者としての取調べを受け、カネミ倉庫から加藤社長、森本工場長のほかに一介の脱臭係長に過ぎない自分だけが被疑者とされたのに対して、担当責任者の一人とも言うべき自見精製課長補佐や同僚の川野英一がその追及を免れているうえ、今津研究室長からも事故の原因が樋口の脱臭缶の空だきに由来するのではないかと責められ、いたく憤激していたことが窺われるところ、樋口がこの時点で工作ミスの実態を知つていたとすれば、自分に対する不当な責任の追及を免れるため、ただちに自分としては関わりのない工作ミスに言及するのがむしろ自然のことではないかと思われるのに対し、現在に至つてどうして今さら工作ミスに関する供述ないし加藤八千代に対する手紙を書くようになつたのか、そのいきさつについても容易に納得し難いものがある。 (四)しかも、〈証拠略〉のカネミ倉庫の鉄工係日誌中に同年一月二九日隔測温度計保護管先端の孔の拡張工事について何ら記載が存しない。 3 ついで、工作ミス説のその他の論拠について検討する。 (一)一審被告鐘化は、工作ミス説を裏付ける証拠の一つとしてカネミ倉庫における操業記録の改ざんと右操業記録を分析すると、カネミ倉庫では昭和四三年一月二九日から同月末まで脱臭工程の異常操業(操業停止)が生じており、これは同月二九日に異変の原因が発生したことを示すものであると主張する。  丙第四四号証(試験日報、昭和四三年一月分)、第四六号証(同、同年二月分)、第四八号証(精製日報、昭和四三年度分)、第六二号証(ウインター日誌、昭和四三年一ー三月分)を点検すると、たしかにかなりの箇所に書きかえ、書き加えた形跡が認められ、また丙第一六三九号証によれば森本工場長は丙第四八号証中の同月末における記載を後日書き加えたことを認め、丙第五七号証によれば二摩初は丙第四六号証中の脱臭缶番号の記載を6とあるのを1と書きかえたことを認めているところであり、すでに捜査の過程で右記録の改ざんが問題とされていたものであるが、右改ざんの事実は認められたもののその動機、経過についてははつきりせず、本件全証拠によるもこれをつまびらかにすることができない。  そして、これらの書き直し、書き加えの部分は書きなぞり、或いは抹消して書き加える等一見して書き直した形跡を窺わしめるものがかなりの部分を占め、さらに関連記録と対照するとたやすくその改ざんを指摘しうるのであつて、もし一審被告鐘化の主張するようにカネミ倉庫が会社ぐるみで行つた工作ミスを隠蔽するための大がかりな帳簿の改ざん行為であるとすれば、このように痕跡の比較的明らかな改ざん行為をどうしてあえてなしたのか納得し難いところである。  しかも、〈証拠略〉によると昭和四三年一月二七日の脱臭油の抜き取り検査の酸価は〇・一三三、〇・二四七であつて、これはカネミ倉庫の製品規格として定めている通常の脱臭油の酸価がサラダ油で〇・〇六以下、白絞油で〇・一以下とされているのに比較してはるかに高い数値が示され酸価の異常がみられ、また〈証拠略〉によると、同月二八日は日曜日で脱臭作業は停止している筈であるのに脱臭係員樋口広次、平林雅秋、三田次男の三名が夕方まで勤務したことになつており、通常の事態とは若干異るものが予想され、右操業記録の改ざん等に異常なものがあつたとしても、このことから直ちに同月二九日に事故が発生したものと断定することは出来ないものである(右のことから、一審被告鐘化は同月二七日に事故が発生したものと一度は考えていたものであるが、ピンホール説によつても工作ミス説によつてもどうしてこういう事態が生じたのか説明のつきにくい事柄である)。 (二)次に、一審被告鐘化は、後記事故ダーク油中のカネクロールの化学的組成がカネミ倉庫で使用中のカネクロールよりも低沸点成分が少く、むしろ高沸点成分が多いパターンを示しているのでピンホール説では右組成を説明しえず、工作ミス説によつてのみ可能であるとする。 〈証拠略〉によれば、事故ダーク油中のカネクロールの化学的組成は本来のカネクロールのそれとほぼ類似しているが、厳密に言うと本来のカネクロールよりも稍低沸点成分(三、四塩化物)が少く相対的に高沸点成分(五塩化物)が多くなつているパターンを示していることが認められる。 〈証拠略〉によれば、カネミ倉庫では脱臭工程で生じた飛沫油、あわ油等をダーク油に混ぜていたことが認められるところ(これに反する森本工場長の飛沫油やセパレータ油は原油に戻し、あわ油は海に流していた旨の〈証拠略〉の記載は措信しない)、〈証拠略〉によれば、飛沫油中のカネクロールは本来のカネクロールに比較し稍低沸点部分が多く、あわ油やセパレータ油中のそれはさらに低沸点部分が多く含まれていることが認められ、飛沫油やあわ油をダーク油に混入したとすれば低沸点部分が多いパターンを示す筈ではないかとの疑問が生じる。  しかしながら、他方、前掲証拠によれば、脱臭過程でカネクロールが食用油に混入しそのまま脱臭工程を経たとすれば、脱臭油中のカネクロール濃度は第一回の脱臭操作で約一二分の一に減少し、低沸点成分も顕著に減少を示すのに対し、本件食用油中に混入していたカネクロールの成分は低沸点部分は顕著に少く殆んど高沸点の五塩化物を主成分とするものに変質していたことが認められ、右事実に照らすと、工作ミス説では工作ミスによつて脱臭工程中にカネクロールの混入した食用油を一旦回収したうえ、その一部をダーク油にその他を食用油に混入したと言うのであるから、再度の脱臭をしたかどうかはともかく、第一回目の脱臭工程を経たことによつてダーク油中のカネクロールの成分は低沸点部分が著しく減少している筈であるのに、ダーク油中のカネクロールのパターンはかえつて本来のカネクロールに類似し稍その低沸点部分が少いパターンを示しているのであつて、これをもつて工作ミス説の論拠とすることは当を得ないと言うべきである(事故ダーク油中のカネクロールの化学的組成について、ピンホール説によつても工作ミス説によつてもその由来するところを合理的に説明するのは困難である)。 (三)一審被告鐘化は、カネミ倉庫はダーク油事件が発生するや少からぬ量の食用油をひそかに回収していたものであつて、このことはカネミ倉庫がカネクロール汚染油の存在を知つていたことの証左であると主張する。 〈証拠略〉によれば、昭和四三年二月下旬から同年三月上旬にかけて粕屋食糧販売協同組合を始め各業者から相当量の返品がなされていることが認められるが、本件全証拠によるも右返品がカネミ倉庫からの回収に応じてなされたものと認むべき証拠もない。  また、一審被告鐘化は、右返品が同年二月二六日から増えていること並びに同月二四日カネミ倉庫で部課長会議が開催されていることに着目し、右部課長会議と返品との間に密接な関連があるとみるべきであると指摘するが、単なる臆測にしかすぎず、右関連性を窺わしめる証拠もない。  しかも、右の主張は加藤三之輔社長が工作ミスによる事故原因を知つて部課長会議を開催したことを前提とするところ、〈証拠略〉によると、油脂の専門家である神力達夫は、かねて個人的に親しく交際していた加藤三之輔から一度事故現場を見て事故原因について意見を聞かせて欲しいとの依頼を受け、昭和四三年一二月二五日カネミ倉庫に赴き押収中の六号脱臭缶を右加藤の案内により見分したことが認められ、右事実に比照すると、加藤三之輔が工作ミスによる事故原因を了知していたものとは到底認め難く、右加藤が当初から右事故原因を承知していたとする丙第一〇四三号証の記載は措信できない。 4 一審被告鐘化は、九大鑑定ではピンホールが何故数日間だけ開孔しその後は閉孔したのか、とくに閉塞の可能性について科学的な論証を欠く推論にすぎないと非難する。  右孔の開閉、とくに閉塞の可能性について九大鑑定がその論拠とするところは、原判決理由説示(原判決a94頁一五行目から同95頁一四行目まで、及び同a96頁五行目の「九大鑑定は」から同頁九行目まで)と同一であるからこれを引用する。  右のとおり、九大鑑定は一応相当の試験、実験を行つて右可能性を推論しているものであつて、単に右推論が現実に可能となるかどうかをカネミ倉庫の営業運転中と同一条件下での実験をしていないからと言つて(そういつた実験が当時可能であつたかどうかも不明である)、これを科学的論証ないし厳密な実験を欠く推論として排斥することができないのは言うまでもない。〈証拠略〉の記載もなんら右認定を左右しえない。 5 ところで、本件油症事件においては、僅か数日間のうちにきわめて大量のカネクロールが漏出しているのであつて、その量について正確に判定することは困難であるが、一応〈証拠略〉によると、事故食用油中のカネクロールの量は約二〇ないし三〇キログラムと推算され、脱臭による蒸散残留率は一二分の一であるから漏出総量は二四〇ないし三六〇キログラムと算定され、蒸散残留率を低くみて一〇分の一とすると二〇〇ないし三〇〇キログラムとなる。  このように大量のカネクロールが食用油中に漏出したとすれば、脱臭缶の真空度が上らないなど脱臭装置の異変が生じたり(このことは〈証拠略〉により窺われる)、カネクロールの異常減量をきたし、右脱臭作業に従事する係員は当然そのことを知りえたのでないかとの疑問を生ずるところである。  原審証人三田次男は昭和四三年一月三一日六号脱臭缶の真空テストに立会い、テストの関係でカネクロールの運転を途中でとめて地下タンクに戻した記憶はあるが、当日カネクロールの補給をしたことは記憶していないと供述するのであるが、〈証拠略〉によると、同日、三油興業株式会社九州営業所は、カネミ倉庫の依頼を受けて、一旦日新蛋白工業株式会社に納入していた五〇キログラムと吉富製薬株式会社から借受けた二五〇キログラムのカネクロールを合わせてカネミ倉庫に納入していることが認められ、このあわただしいとも言うべき補給状況からみても右の疑念は拭いきれないものがある。 6 工作ミス説は、右のような疑問を解消するのに巧みな説明が可能ではあるが、前記のように直接的な証拠であるべき樋口広次をめぐる一連の証拠並びに加藤八千代の公正証書がいずれも信憑力を欠き、〈証拠略〉もにわかにこれを措信することができず、ピンホール説を覆すにたるだけの証拠に乏しい。  そしてこれに、一号脱臭缶の復元作業にもとづき一号脱臭缶温度計保護管先端をアークで孔あけ作業を行つた場合相対する蛇管に孔をあける確率はきわめて高いものである旨の鑑定人菊田米男の鑑定や、昭和四三年二月中に同号缶が運転休止していたこと(このことは〈証拠略〉により窺われる)及び事故ダーク油の出荷日(丁第四〇号証)が同年二月七日と一四日に限られているが、ピンホールから漏出したカネクロールの混入であれば、その前後の出荷ダーク油にもカネクロールが混入しているはずとの点を加え、考慮しても、なおピンホール説を凌駕しうる程の合理的な証拠が存在するものとは認めることができないのであつて、本件カネクロールの混入経路についてはピンホールによるものと認めるのが相当である。 第四 カネミ倉庫と一審被告加藤の責任について 一 カネミ倉庫の責任については、原判決理由説示(原判決a101頁七行目からa116頁八行目まで)のとおりであるからこれを引用する。 二 一審原告らは、一審被告加藤に民法七一五条二項のいわゆる代理監督者責任がある旨主張する。  ところで、代理監督者責任は、ある事業で働く被用者がその事業の執行について第三者に損害を加えたとき、その使用者とは別に事実上使用者に代つて被用者の選任、監督をなす者に対して認められる責任であるが、これは厳格に特定の被用者の不法行為に限定することなく、広く従業員の人的組織全体の不法行為についても適用があると解するのが相当である。 〈証拠略〉によれば、加藤三之輔は昭和二七年カネミ倉庫の前身であるカネミ糧穀株式会社の代表取締役に就任し、以後カネミ倉庫の代表者としてその職に在つたものであるが、昭和三六年カネミ倉庫が三和油脂株式会社から米糠油精製装置を導入した際製油部担当の取締役と本社原油抽出精製工場の工場長とを兼任し、昭和四〇年一一月には森本義人に本社工場長の地位を譲つたものの、その後も担当取締役として右森本の直属の上司であり、工場の操業、管理、資金を要する施設の増設、変更等についての決裁は右加藤及び同人の父で会長の職に在つた加藤平太郎によつて行われていたことが認められ、右事実によれば、一審被告加藤は昭和四三年二月当時すでに工場長の地位を離れていたが、森本工場長を始めとする製油部門の人的組織体を使用者に代つて現実に指揮監督する地位にあつたものと認めるべきであり、カネミ倉庫の前記過失は右人的組織体の過失と評することができるから、民法七一五条二項の責任を負うべきものである。 第五 一審被告鐘化の責任について  一審被告鐘化の責任については、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由説示(原判決a117頁四行目から同a141頁三行目まで)のとおりであるからこれを引用する。 一 原判決a126頁九行目から同a127頁一二行目までを次のとおり改める。 「ところで、〈証拠略〉によれば、米国政府PCB合同対策本部のメンバーであつたエドワード・J・バーガー・ジユニア及びジヨン・L・バツクリーらは、一九六八年の油症事件の時点以前においては、ポリ塩化ビフエニールの生物学的性質に関する知識は相対的に殆んどなく、しかもこの物質への暴露がどの程度健康に害をもたらすのかということは殆んど知られていなかつた、一九三〇年代及び一九四〇年代の間工業的施設におけるPCBの毒性作用に関する散発的な報告があつたけれども、工業上の取扱法や換気設備が改善されたことによつてかゝる報告は急激に減つてしまつた、また、本件油症発生前において、PCBは相対的に低い毒性を有しており、開放系用途に安全に使用でき、かつ開放系用途でPCBに接触してもなんら人間の健康に害を与えるものではないというのが専門家の全体的な意見であつたとその宣誓供述書において述べているところであり、元九州大学医学部教授で薬理学を専攻している田中潔は、ドリンカー論文について、ドリンカー論文が出されたことによつてPCBは低毒性であると一般に理解されるようになつたものであるが、ドリンカーはPCBの吸入実験を六週間続けたが生存ラツトは外観上異常がなく殺して肝臓を調べても軽微な変化を見たにすぎない、とし、野村茂の研究についても、いわば亜急性実験であつて慢性実験を行つていないと問題点を指摘するのであるが、当の野村茂においては、PCBが動物や人間に毒性を発揮するうえで最も重要な性質は、その脂溶性と生体内の蓄積性で、油症のような著明で多彩な症状をもたらしたこの物質は急性物質を目的にして毒物の危険性を考える習慣にとらわれていた学界や行政に強い反省を喚起することになつた、と述べている。  以上の事実によれば、PCBの毒性として最も重要なものは、PCBの化学的特性である脂溶性、難分解性、安定性から来る蓄積毒性にほかならないのであるが、本件油症発生前におけるPCBの毒性に関する研究は、主としてドリンカー、野村論文に示されるように化学工場等の作業員の健康、産業衛生といつた観点から把握され、動物実験によるPCBの吸入、経皮による影響については検討されては来たが、急性ないしは亜急性実験の範囲に限られていたものであり、ドリンカーが一九三九年の論文において、塩化ビフエニールの毒性を示した一九三七年の報告を訂正して殆んど無毒であるとしたこともあつて、全体的にみるとPCBは危険性の高い物質とは考えられていなかつた。  しかし、右にみた研究が化学工場の作業員の労働衛生、環境衛生という見地からのものであり、かつは野村論文に見られるように不十分ながらも一応の警告がなされていたのであるから、一審被告鐘化は、わが国で他の企業に先き立つてPCBの生産を開始し、とりわけPCBを食品工業の熱媒体用として企業化するに当つては、それが人体に危険を及ぼすおそれの高い分野であるだけに、PCBの毒性について不十分な研究に満足することなく独自に動物実験を行つてその毒性の程度や生体に対する有害作用をたしかめ、又は他の研究機関に実験を委託するなどして安全性を確認し、その結果知りえたPCBの特性や取扱方法を需要者に周知徹底すべきであるのに、その労を惜しんでなんらの実験もなさなかつた。」 二 原判決a133頁一四行目の「しかし」から同頁一六行目の「有していたものであり」までを「しかし、塩化ビフエニールの毒性については、一審被告鐘化も前記のとおり十分な調査研究はしていなかつたものの、有機塩素系化合物として毒性のあることは認識していたのであるから」と改める。 三 原判決a140頁の一〇行目の次行に「4」として、次のとおり付加する。 「一審被告鐘化は、カネミ倉庫にはカネクロールの大量漏出を知り、若しくは少くともこれを疑うべき事情にありながら食用油を出荷した過失があるので、一審被告鐘化がカネクロールの毒性について調査をすべき義務並びに情報提供の義務を怠つたとしても本件油症との間の因果関係は遮断される旨主張するので検討するに、本件全証拠によるも、カネミ倉庫がカネクロールの大量漏出を知つていたとの確証は存しないが、その疑いをさしはさむ余地は多分に存在するのであるけれども、これまで認定して来たように、もともと本件油症事故の発端は一審被告鐘化がPCBの毒性、安全性について十分調査、研究もせず、利潤追求のためにPCBを食品業界に熱媒体用として開発、提供し、これを販売するに当つても十分な警告を尽さなかつたことにあるので、大量漏出を知りうべきであつたのに放置したカネミ倉庫の過失はまことに重大であるが、これを全く予見しえない範囲のものとも言い難く、相当因果関係は存在するものと認めるべきである。  また、一審被告鐘化は、本件油症の原因物質がPCBそのものでなくカネミ倉庫が過熱したことにより生成したPCDF又はPCQであつて、当時PCBからこのような物質が生成されることは予想しえなかつたものであるから、一審被告鐘化にはこの点に関する調査研究義務もそれにもとづく警告義務もないと主張するが、丁第五七号証の二、三、第五九号証、第六二号証によれば、PCQはPCBが二分子結合したもので人体にとつて非常に吸収されにくいものであるが、毒性はPCBと大差ないものと言われ、PCDFについては原因のライスオイルからPCBの二〇〇分の一、約五ppm検出されているところその毒性はPCBのおよそ一〇〇倍位と考えられているが、油症の原因として基本となるのはやはりPCBであつて、それにこれらの新しい物質が加わり後記認定のように複雑な油症の経過を辿つたにとどまることが認められ、右事実からすれば、加熱を前提とする熱媒体の作用にカネミ倉庫の過熱が加わつたとしても、そのことによつて一審被告鐘化の責任がなんら左右されることがないことは言うまでもない。」 第六 一審被告国及び同北九州市の責任について 一 一審原告らは、PCBは危険な物質であり、その危険性が予見されていたから、本件油症発生前に一審被告国は関係法令を駆使してPCBの大量生産、大量使用を規制すべき義務があるのに、これを怠り、かえつてPCBをJIS規格に設定することによつてその用途を拡大したもので、その懈怠は国家賠償法上違法であると主張する。  ところで、行政庁の権限不行使と国家賠償法一条一項の関係については、原判決理由説示(原判決a144頁四行目から一五行目まで、ただし五行目の「前記のとおり」を削除する)のとおりであるからこれを引用する。  前記認定のとおり、PCBの毒性について外国の先駆的文献はすでに環境汚染を通じて人体に影響を及ぼすことを指摘していたが、その認識は未だ一般のものとはならず、通常PCBは労働衛生上その取扱いに注意を要する物質と認識されていた程度であつて、この段階において、一審被告国がPCBの持つ人の健康に対する危険性の切迫した状況を容易に知るべきであつたとすることはできないし、また、一審被告国が一審原告ら主張のようにPCBをJIS規格に指定したこと(このことは争いがない)をもつて直ちに国が用途拡大を促進し本件油症の先行行為をなしたものと認めることも出来ない。 二 1 食用油製造業が営業許可業種に指定されていなかつたことは争いがなく、〈証拠略〉によれば、油症発生後の昭和四四年七月一五日に営業許可業種に追加指定となつたが、食用油製造業は、化学工業、食品製造工業技術の発展に伴い、昭和二九年ころから食用油製造工程中にPCBを始めとする有機化学薬品を熱媒体として使用するようになり、効率が高かつたので急速に業界に普及し始めたが、本件油症事件発生に至るまで食用油脂製造業界において食品事故が発生した例に乏しく、まして熱媒体の食品への混入といつた事故は予想外の事柄であつて熱媒体の使用により食用油脂混入の危険が切迫していると考えられる状況になかつたことが認められる。  したがつて、右切迫した状況にあることを前提とする一審原告らの第二の一の2の(二)の(2)及び同(3)の主張はいずれも採用することができない。  一審原告らは、わが国における大手製油業者の一つである吉原製油においても脱臭工程における熱媒体ダウサムオイルの食用油への混入事故が現実に度々発生しているものであつて、このことは原審証人水田勲の証言によつて明らかであると言うのであるが、同証人の証言によると、同証人が吉原製油の脱臭工場建築工事に従事中、試運転の段階で脱臭缶のジヨイント部分、フランジの接合部分から二度ほど洩れたことがあるが、いずれも通常の脱臭工程中の事故ではなく、正常の脱臭工程中の事故を見聞したことはなかつたことが認められるのであつて、結局右認定をなんら左右するものではない。 2 一審被告国及び同北九州市のカネミ倉庫に対する食品衛生法上の規制権限不行使の違法については、原判決理由説示(原判決a145頁九行目から同a152頁一七行目まで)のとおりであるからこれを引用する。 三 ダーク油事件について 1〈証拠略〉によると、昭和四三年二月上旬から同年三月中旬にかけて西日本一帯に鶏(ブロイラー)の雛が大量に死亡するという事故が起こり、まもなく後記認定のとおりその原因は、配合飼料にカネミ倉庫製造にかかるダーク油を添加したことによるものであることが判明した。これがダーク油事件と言われるものであるが、その被害は広く西日本一帯に及び、約二〇〇万羽もの鶏が中毒症状に罹患し、約四〇万羽が死亡したが、死亡に至らない鶏もかなりの部分が生産を阻害され商品価値を失つたものとして処分された。福岡県下においては、罹患数一二万九一〇〇羽のうち死亡した鶏四万四六六〇羽、処分を受けた鶏六万四〇九〇羽と処分鶏が死亡鶏を上回る数字となつており、養鶏業者に大打撃を与える被害が発生した。  以上の事実を認めることができる。以下さらにダーク油事件の経過とこれに対する行政並びに関係者の対応について詳述する。 2〈証拠略〉を綜合すると次の事実が認められる。 (一)福岡肥飼検は、昭和四三年三月一四日鹿児島県畜産課から、同県下のブロイラー団地で鶏のへい死事故が多発し、原因は不明ではあるが、おおよその原因は給餌している鶏の配合飼料にあるらしいとの電話連絡を受け、翌一五日右配合飼料を製造していた東急エビス産業株式会社九州工場の製造課長から、同社製造の配合飼料Sブロイラー、Sチツクの二銘柄が右事故の原因と推定されるところ、右二銘柄が使用している他の銘柄と異る原料はカネミ倉庫のダーク油であることが判明したので、東急エビス産業としては同月九日から自発的に右二銘柄の生産と出荷を停止していること等について事情聴取を行つたうえ、改めて同社に対し当該飼料の生産と出荷の停止を指示すると共に顛末書の提出を求め、農林省畜産局流通飼料課にその旨報告した。そして、同月一九日には問題になつた配合飼料の他の製造業者である林兼産業株式会社にも右同様事故の顛末書の提出を求めた。 (二)福岡肥飼検は、農林省流通飼料課の指示を受け、同月一八日、九州及び山口の各県に対し、カネミ倉庫のダーク油を使用した前記配合飼料の使用停止並びに回収を指示すると共に同一飼料による再現試験の実施を依頼し、同月一九日には飼料課長矢幅雄二を鹿児島県に派遣して実情調査を行い、また同日東急エビス産業九州工場に係官を派遣して立入調査を行つた。 (三)ところで、福岡肥飼検は、肥料取締法と飼料の品質改善に関する法律に基づいて、流通している肥料及び飼料の検査を所轄しているものであつて、本来の職務権限としては農林大臣の指定している飼料生産工場に対して立入検査権が認められるにとどまり、カネミ倉庫に対しては、その業務が指定飼料の生産工場ではないため立入調査の権限がなかつたものであるが、カネミ倉庫に対する調査を実施しなければダーク油製造工程を含むダーク油の実態が全く不明であつたので、カネミ倉庫の事前の了解をえて現地実態調査の実施に踏み切り、同月二二日飼料課長矢幅雄二、同課係員水崎好成がカネミ倉庫本社工場で右実態調査を行つた。  これに先立ち、同肥飼検所長福島和は、矢幅課長に対し、ダーク油がどういうふうに生産され出荷されるか、またそれが実際に使用されるようになつた開発の状況についても十分調査してくるように指示した。 (四)矢幅課長は右本社工場においてダーク油の原料、製造工程、保管等について説明を求めたところ、説明の衝に当つた森本工場長は、工場を一応全部見せたうえで説明しないとダーク油関係の部分だけを説明しても理解が困難であるということで簡単に全工程を説明し、次いでダーク油の占める位置、製造工程を説明したが、その際簡単なライスオイル(食用油)の製造工程図を矢幅課長に渡した。  そして、矢幅課長は森本工場長に対してダーク油を製造するまでにどういう薬品を使用しているかについて詳細に質問し、さらにダーク油以降の製造工程についても若干の質問をなした。矢幅課長はダーク油の製造工程を見て廻るうち食用油も同一原料により同一工程で製造されていることが判つたが、カネミ倉庫の方から食用油の方はダーク油とは全く関係がないという説明がなされたうえそれ以上触れたくない口振りであつたし、余り深く追求すると今回の調査の目的であるダーク油の調査に影響すると考え、また、矢幅自身の職務も餌の検査、飼料の調査を所管するものであつて食用油を所轄するものではないから、カネミ倉庫の方で関係ないという以上ことさらに関心を持つまでもないと思つて、結局あえて食用油の方には触れず、ダーク油の調査一本にしぼつた。  右調査途中に、カネミ倉庫の代表取締役である一審被告加藤三之輔から食用油は生でそのまま飲むことができ安全であるという趣旨の発言がなされたことがあるが、右発言がどういう時にどういう状況でなされたのかは明確でない。 (五)カネミ倉庫では、矢幅課長の右調査に対して、ダーク油はいつもと同じ製造工程で同じ原料を使用しているのでなんら異常はなく問題がない筈であると反発し、それに対し矢幅課長は、カネミ倉庫が製造したダーク油を混入した配合飼料によつて現実に事故が発生していると反論したが、加藤三之輔らは極力これを否定し、結局その原因については何の手がかりも掴めないまま右調査は終つた。  なお、カネミ倉庫は、ダーク油事件の原因がカネミ倉庫製造のダーク油に起因することが確定した同年七月一五日の時点においても、日本米油工業界の緊急中央技術委員会の席上で「事故原因は権威ある国家試験機関において科学的にダーク油によるものであることが判明したので敢えて反論するものではないが、数年来この種の事故は皆無であり、当該ダーク油も正常な製造工程により生産されていることからしてダーク油のみの毒性が原因であるとは今もつて考えられない」として抵抗の姿勢を示していた。 (六)矢幅課長は福島所長に対し、右実態調査の結果についてダーク油の大まかな工程を把握したがその製造工程中にはなんら心配がないと報告し、その旨は福島所長から直ちに農林省流通飼料課に連絡された。  右調査の内容、結果については、福岡肥飼検から福岡県に正式には通知されなかつたが、その後矢幅課長から福岡県農政部の係官に対し非公式に実態調査の結果では食用油には危険を生じないであろうという情報が伝えられ、これが後日福岡県農政部が同県衛生部にダーク油事件の経緯を連絡しなかつた理由の一つに挙げられた。 (七)福岡肥飼検は、農林省流通飼料課から原因毒物についての究明を命ぜられたが、同肥飼検は、分析業務としては飼料中の栄養成分についての分析、鑑定を主とするものであり、設備も乏しいので権威ある公的機関によつて判定して欲しいと流通飼料課に連絡したところ、同課から、畜産局衛生課と協議した結果ダーク油の毒物、原因物質の究明は家畜衛試に依頼することに決まつたので福岡肥飼検から正式に家畜衛試に病性鑑定を依頼するように、との指示を受け、同年三月二五日、家畜衛試に対し関係配合飼料及び原料(ダーク油)をそえて原因物質の究明を目的とした病性鑑定を依頼し、他方飼料製造業者二社に対しては、ダーク油を使用しないことを条件に、前記飼料の生産出荷停止を解除した。 (八)右病性鑑定の依頼を受けた家畜衛試では、アイソトープ室長小華和忠が中心となり、その下に病理学研究室の堀内貞治、次いで勝屋茂実が鶏の病理解剖及び解剖後の病理組織学的検査を、生物物理研究室の小倉幸子が発光分析による有毒無機物質の検索を担当し、同年四月一七日から四週間に亘つて中雛を使用し、また製造月日が二月一五日に近接した鑑定材料を使用して中毒の再現試験を行つた結果、当該飼料及び配合飼料に使用されたダーク油の毒性が再現され、その臨床症状は九州地方において発生した中毒症状にきわめて良く類似し、食欲減退、活力低下、翼の下垂次いで腹水、食欲廃絶、嗜眠などが認められ、剖検所見も事故中毒鶏の症状に類似し心嚢水及び腹水の著増、胸腹部皮下の膠様化、出血、上頸部皮下の出血などが認められ、さらに発光分析による有毒性無機物質の検出については陰性で鉛、砒素、マンガン、カドミウム、銀、スズ、銅等は検出されなかつた。  そこで、小華和忠は、同年六月一四日、福岡肥飼検に対し右検査の結果に基づき病性鑑定回答書を提出したが、右回答書には右の検査の結果のほか、考察として、「シユミツトルらの報告によると、本中毒と極めてよく類似した鶏の中毒がアメリカのジヨージア、アラバマ、ノースカロライナ及びミシシツピーの各州に一九五七年に発生している。その際この毒成分の本態がほぼ明らかにされているが、非水溶性、耐熱性の成分である本病鑑例の毒成分と、アメリカで発生した中毒の毒成分とが全く同一であるかどうかは不明であるが、油脂製造工程中の無機性化合物の混入は一応否定されるので、油脂そのものの変質による中毒と考察される」と記載されていた。  ところで、小華和忠は当時農薬殊に有機塩素系のBHC、DDTの研究に従事していたものであり、そのころ有機塩素系化合物の検出にガスクロマトグラフイを使用することは専門家の間では一般的知見であつた。 (九)そして、右考察にいう油脂の変質がなされたかどうかを調べるについては、簡単な手続で一応の検査をすることもでき、さらに酸価、過酸化物の数値、カルボニール価、不けん化物の含有量の性状分析等検査すべき全項目に亘つて分析調査をしても、一週間か若干それを上廻る時間があれば容易に検査しうるのにかかわらず、家畜衛試では油脂の変質の存否についてなんらの化学分析、検査等は行つていなかつた。  このような杜撰な考察を導き出した理由として、小華和忠は、本鑑定を引受けた主な目的が再現試験にあつて、原因究明は副次的なものに過ぎず、この鑑定書を作成した段階ではすでに東急エビス産業を始めとする飼料会社と養鶏業者との間の補償問題は一応解決しており、後日に残されている問題は各飼料会社からカネミ倉庫に対する損害賠償の問題だけであると聞いていたので、小華和忠個人としては事故の原因はカネミ倉庫製のダークオイルであるという鑑定をしてやればそれで十分というつもりで取り組んだのであつて、当初からチツク・エデイマの原因物質についてそこまで究明しようとする意思もなかつたので別段の検討もしていない、また、ダーク油の製造工程に問題はなかつたと聞いていたし、発光分析によつて無機性有毒化合物の混入が否定されたので、酸化によつて油脂が変成して中毒するという例が外国の文献にもあがつていたことから、油脂の変成とすると症状とはそれまでの経験で結びつかなかつたけれども、一応脂肪酸そのものが中毒物質に変成したものと推定したもので、結局変質の原因についてまでは考えなかつた、この鑑定書に記載されている「変質」というのは厳密に解釈すべきではなく、極く軽い意味に用いているものであつて、例えば医者でもかつて原因不明の病例について特異体質ということで逃げていた例があるが、本件の場合もそれに近い意味を持つているにすぎないと考えて欲しい、と述べている。 (一〇)農林省畜産局では、家畜衛試の右鑑定結果によつて配合飼料に使用されていたダーク油が事故原因であることが明確になつたので、これでダーク油事件に対応する行政的処置をとることが可能になつたとして、昭和四三年六月一九日付で同局長名による「配合飼料の品質管理について」という通達を各都道府県知事に発し、今回の鶏の大量事故の原因がダーク油にあることが判明したが(当該ダーク油中に含まれている毒物についてはなお調査中である)、わが国の飼料事情が年々配合飼料に対する依存度を強めていることから、飼料製造工場における原料及び製品の品質管理は極めて重要であり、今後このような事故の再発を防止するため右品質管理の徹底を期するよう指導されたい、と指示したが、他方東急エビス産業及び林兼産業に対しては、文書をもつて製造管理、品質管理に一層配慮するよう注意を促した。  そして、流通飼料課係官福原進は、財団法人農林弘済会が発行し実際上同課において関連記事のとりまとめに当つている月刊誌「飼料検査」七月号(一九六八年第六二号)の時の動き欄で右通達の解説を行い、通達における品質管理の趣旨を各飼料会社や検査機関等に周知させるようにした。 (一一)流通飼料課の鈴木惣八技官は、家畜衛試の鑑定書が出されてから間もなく、農林省畜産試験場栄養部長の森本宏にそれとなしにこれからどうしたらよいのかと相談を持ちかけ、同人から油脂の専門家を集めて研究会でも作つてみたらどうかとの示唆を受け、ダーク油事件の毒物の原因追究と、これまで規格の定めがなかつた飼料用油脂の品質規格の制定を目的として油脂研究会を開催することにした。同年八月七日に農林省関係の食糧研究所、東海区水産研究所、畜産試験場、家畜衛生試験場、東京肥飼料検査所等から係官が集まり、右研究会の準備会を持つたが、この段階で既に家畜衛試の米村寿男からダーク油の事故原因は油脂の変敗ではないらしいとの発言がなされ、取りあえず食糧研究所の方で化学分析検査をしたところ油脂の変敗は否定されたので、前示シユミツトルらの報告にあるアメリカで発生した鶏の浮腫中毒症(チツク・エデイマ)と本件鶏の症状とが類似するため、さらに家畜衛試でリーベルマン・ブルヒアルト法を利用して右チツク・エデイマの検出、毒物の検討に当ることとなつた。  そして、同年九月三日に第一回の研究会が開かれ、来日中のワイルダー博士を招いてアメリカのチツク・エデイマに関する講演を聴き、ついで第二回目を同年一〇月四日に開催したが、その際家畜衛試が実施したリーベルマン・ブルヒアルト反応の成績が報告され、結局チツク・エデイマに関する毒性物質の検出にはこの方法では不適当であるから他の方法によるべきであるという結論が出された。  その後、油脂研究会は本件油症の発生もあつてこれと言つた活動はしていない。 (一二)ところで、東急エビス産業では、同社中央研究所の甲賀清美が、同年三月一一日鶏の大量へい死の報告を受けて直ちに調査に着手し、日を経ずしてダーク油事件の事故原因が配合飼料設定のミスに係るものではなくカネミ倉庫のダーク油に起因するものと推定し、同月中旬以降ダーク油の毒成分について実験研究を開始した。  甲賀はまず事故配合飼料による鶏、雛の再現試験を実施すると共に事故に関連する文献を調査し、同年四、五月ころには、本件鶏の症状が一九五七年にアメリカで発生したチツク・エデイマ・デイジーズ(鶏、雛の心嚢水腫症)と呼ばれるブロイラー事故の症状と類似しており、これを惹起する原因物質の本体は不明でチツク・エデイマ・フアクターという名で呼ばれているにすぎないが、おおよそのところ有機塩素系化合物によるものであると考えられていることを知り、次いで前記再現試験の経過及び雛の剖検症例によつて、その症状が前記チツク・エデイマ・デイジーズに酷似していることが判明したので、ダーク油の毒成物質がいわゆるチツク・エデイマ・フアクターでないかと疑い、アメリカ分析化学会の公定分析法であるAOAC法のうち比較的やり易い生物試験法による実験を試みるとともに、他方同年六月初旬には、アメリカの大手の油脂メーカーであるプロクター・ギヤンブル社に対し、チツク・エデイマ・デイジーズ事故の内容及び事故に対してどういう対応ないし品質管理をなしたかについて問い合わせていたところ、右実験の結果同年六月二〇日ころにはチツク・エデイマ・フアクターの存在を検索しえたが、このチツク・エデイマ・フアクターがアメリカで発生した事故の標的物質と同一であるかどうかは未だに不明であつた。そして甲賀は同年七月一七日ころプロクター・ギヤンブル社から前記問い合せに対する回答を入手し、AOAC法のうちガスクロマトグラフイを使用する化学分析法によつて標的物質を追求しようとしたが、当時東急エビス産業にはガスクロマトグラフイがなかつたので、新たに機械を発注しその到着を待つうち本件油症事件が発生した。 (一三)厚生省国立予防衛生研究所で食品衛生部の主任研究官をしていた俣野景典は、業務のかたわらスパゲツテイの油の研究をしていたものであるが、同年八月一六日友人から参考のため借り受けた家畜衛試の病性鑑定書を一読した後、鶏がこれだけ死ねば常識的にみても精製食用油の方でも人体に害を及ぼすのではないかと思い、同月一九日流通飼料課の鈴木技官に電話して、農林省の方でよく検査していないようだから厚生省の方で検査してみたいのでダーク油を分けて欲しいと頼んだが、同技官からダーク油事件はすでに解決済みであるし、ダーク油そのものも廃棄処分にしたということで拒否された。  それで、俣野は同日厚生省に赴き、同省食品衛生課の杉山課長補佐に対し、ダーク油事件では精製油にも危険があるのではないかと注意を促した。 3 以上の事実に照らし、ダーク油事件に対応した公務員がその処理を通じて食用油による被害発生の危険を予測しえたかどうか、結果回避の可能性があつたかどうかについて判断する。 (一)食品衛生法上の権限の行使、不行使が、行政庁の自由裁量に委ねられていると解すべきことは、前記のとおりであるが、現在の社会においては、食品が利潤追求という企業論理のもとに、その工場における製造工程において、多くの化学合成物質を添加剤あるいは副資材として使用して大量に生産され、複雑な流通経路を経て広範囲に販売され、他方消費者においてその安全性を確める術を持たないことに着目するとき、その安全性確保につき、食品製造業者に極めて高度な注意義務を負わせるべき法規制が存するとはいえ、これを企業の自主規制に委ねていては、安全性の確保になお欠けるところがあることは、前記森永砒素ミルク事件や砒素醤油事件を想起するまでもなく考えられるところであるから、行政庁は、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止するについて積極的な行政責任を負うものというべく、食品製造には絶対的安全性が要求され、一旦事故が発生すれば大量発生の可能性が存するのであるから、もしその安全性を疑うべき具体的徴表が存するときは勿論、それに連なる蓋然性の高い事象が存する場合は、行政庁はもはや自由裁量の余地はなく、規制権限を予防的に行使する法律上の義務を負うものというべきである。  そして、食品の生産流通を職務とする農林省係官が、自己の職務を独自に執行中であつても、その過程で右のような食品の安全性を疑うような事実を探知し、食品の安全性について相当な疑いがあれば、食品衛生業務を本来の職務としないとはいえこれを所管の厚生省等に通報し、もつて権限行使についての端緒を提供する義務を負うものと解すべきである。けだし、複雑多様化した現代社会の仕組の中で、自己本来の職務の殻にとじこもり、その範囲外のこととして等閑視し、行政庁相互間の有機的連携に意を用いなくては、食品の安全を十分に確保することは困難であり、右の程度の義務を課したとしても甚だしい負担となるものではないからである。  このような観点から以下検討を加える。 (1)福岡肥飼検は鶏のへい死事故の原因がカネミ倉庫のダーク油にあるということを突きとめ、ダーク油についての知識、経験がなくその実態が全く不明であつたのでカネミ倉庫の承諾のもとに現地実態調査を行つたものであるが、右調査に当つた同肥飼検の矢幅課長は、カネミ倉庫本社工場で製造工程の説明を受けて工場を見廻るうち、ダーク油と食用油とは米ねかという同一原料を使用して途中まで同一工場の同一工程で製造されて行くことを理解したのであるから、このような場合通常人であれば、ダーク油に現実に危険が発生している以上食用油にもなんらかの危険が発生しているのではないかとの危惧感を抱くのがむしろ通常のことであり、矢幅自身においても右と同程度の不安感を有していたふしが十分窺えるところ、矢幅課長は、右ダーク油の調査中にカネミ倉庫側からの反発が強く、いつもの工程と同じであるからダーク油には異常がない筈だと主張されたうえ、食用油は安全である趣旨の発言があつて、これには触れて貰いたくない意向が歴然としていたので、結局自己の職務権限が餌の品質改善、検査に関する事項に限られており、それを超えて食用油の安全についてまで殊更関心を持つまでもないと思いあえてその解明に立ち入らなかつたというのである。  しかしながら、本件鶏のへい死事故が、工場で大量に生産されるダーク油、それも或る特定の時期に出荷された分に起因することが確実視され、事故病鶏の症状からも事故ダーク油に毒性のある異物の混入がまず想定さるべき事案であるのに、カネミ倉庫の説明としては、通常の工程どおり製造しているので問題はない筈だというのみであつて、事故原因の究明にはなんらの手がかりもえられていなかつたのであるから、このような状況のもとで、本件鶏のへい死事故の規模態様(当時事故は終熄していたものの、それは事故ダーク油混入餌の給餌を止めたことによる)を合せ考えると、食用油の安全性についての危惧感は、納得のいく事情の説明もなく、ただカネミ倉庫のダーク油同様「食用油は大丈夫だ」という一言で拭い去られる性質のものではなく、少しの関心でも示せば、むしろ相当程度の高い疑いを抱く方向に進むのが当然である。それなのに、同課長が食用油の安全性に一応の危惧の念を抱きながら、右のようにその疑いを深めなかつたとすれば、それは自己の職務範囲外のこととしてあえて関心を向けなかつたことによるものと思われるが、このような態度こそが問題であつて、当然相当な疑いを投げかけるべきなのにあえてこれに目をつぶつたと評するのほかはなく、結局食用油の安全性について疑いがある旨の食品衛生行政庁への通報義務があるのにこれを怠つたものというべきである。 (2)そして、右実態調査の結果を報告するには、事故ダーク油についてはその事故原因解明の手がかりすらえられなかつたことと、食用油についてもその安全性について疑いが存する旨を骨子とすべきなのに、矢幅課長は、ダーク油の大まかの製造工程を把握したが、その工程にはなんら心配はない旨福島所長に事実と異る報告をし、その報告を受けた同所長もこれを鵜呑みにして直ちにその旨農林省流通飼料課に報告しているけれども、もともと矢幅課長にはダーク油についての知識は殆んどなかつたのであり、福島所長もこのことを知悉していたものであるから、福岡肥飼検においても、右報告の内容を少し意を用いて検討し、同課長に事情をただせば、その調査の結果は、油脂について専門的知識を持ち合せない同課長らに多くを期待することは無理であつて、同課長らによつては何一つ事故原因の究明ができていないことが容易に判明しえた筈である。そうすると、事故ダーク油の原因究明についての対応も自ずと異なり、これを究明するとすれば、食糧庁油脂課等の油脂の専門家による実地調査も当然考慮されたであろうし、それがきつかけで食用油にも危険が及んでいるのではないかということが浮び上る機会がなかつたとはいえない。 (3)加うるに、矢幅課長は、軽率にもダーク油の製造工程にはなんら問題はなく、食用油にも危険がない旨福岡県農政部の係官に非公式とはいえ情報を提供した。  以上のとおり、福岡肥飼検の係官は、食用油の安全性について疑いがある旨食品衛生行政庁への通報義務を怠つたばかりでなく、その知識経験もなく、確認する術も知らないのに、ダーク油の製造工程にはなんら問題がなく、食用油にも危険性がない旨の誤つた情報を提供し、いよいよもつて、早期の段階での食用油の安全性について調査、検討すべき機会を失わせた。 (4)仮りに、昭和四三年三月下旬に福岡肥飼検から食品衛生行政の担当機関に通報がなされていたとすれば、同機関もダーク油事故の類が食用油にも及んでいるのではないかという不安を抱くのは必定で、そうすれば食品衛生担当機関において、食品衛生法一七条に基づきカネミ倉庫に必要な報告を求め、カネミ倉庫の任意の協力がえられなくとも、カネミ倉庫に臨んでダーク油と食用油の関連、帳簿書類を検査し、事故ダーク油出荷の時期とほぼ同時期に出荷された食用油の行先を追跡し、これを回収することはさして困難ではなかつた(このことは〈証拠略〉によつて認められる)と思われるから、これを動物に与えて試してみれば、食用油中にも事故ダーク油と同じ様な有害物質が存在することが、適切な措置をとれば食用油回収期間を二週間、動物による毒性試験期間を四週間(家畜衛試の中雛による再現試験が着手後四週間を要している)とみて遅くとも同年五月中旬には判明しえた筈であつて(その有害物質がなんであるのか、どうして混入したのか等の究明は後日長い困難な探索が続くとしても)、食用油中に有害物質の存在が判明した以上、食品衛生行政において、この有害な食用油の回収、販売停止等の措置を直ちに講じるとともに、既にこれを購入使用している一般市民に対して警告を発すれば、今日の情報社会に鑑みるとき、遅くとも同年六月以降はその摂取を防止でき、本件油症被害の拡大を阻止することができたものと認めることができる。 (5)これに対して、一審被告国は、矢幅課長のカネミ倉庫立入調査の時点では食用油に異常があるとの情報は入手していなかつたのでカネミ倉庫に対する追及が不十分であつたのも止むをえない旨主張するが、食用油に異常があるとの業界関係者からの情報提供がなければ食用油の安全性を調査することまでは及び難いと考えるのであれば、むしろそのように考えて来た態度こそ問題であると言わざるをえず、右主張は到底採用し難い。 (二) (1)家畜衛試で中心的役割を占めていた小華和忠は、鶏、雛の再現試験を行つた結果事故の原因がダーク油にあつたことを確定したが、その際アメリカの文献等に本件鶏の中毒と極めて類似したチツク・エデイマ・デイジーズと呼ばれる症状があること、右症状を惹きおこす物質の本体は不明であつてチツク・エデイマ・フアクターと呼ばれていることに一応注目しながら、それについては全く検討せず、無機性有毒化合物の混入が一応否定されたというだけで、直ちに油脂そのものの変質による中毒と考察される旨の結論を導きだしており、その間には論理の飛躍があることが明らかなばかりでなく、変質の有無については一週間余の日時があればその検査ができるのにこれもなさないで誤つた結論を導きだしている。  小華和は、右考察を導き出す過程として、すでに補償問題は解決がついており、カネミ倉庫のダーク油が原因であるとの国の鑑定を出せばそれですべて決着がつくと判断して一応の回答を出したと言うのであるが、他方東急エビス産業の甲賀清美が昭和四三年四、五月ころいち早くアメリカで発生したチツク・エデイマ・デイジーズに着目し、実験の結果本件鶏の症状がそれと類似する症例であることを確認し、以後原因物質の究明に当り、同年六月二〇日ころにはチツク・エデイマ・フアクターの存在を検索するまで至り、標的物質の検索にはかなり困難があつて結局本件油症発生までには成果をあげるには至らなかつたが、着実にその検討を進めて行つたことに対比すると、国の研究機関である家畜衛試で、しかもBHC、DDT等有機塩素系農薬の研究に従事していた小華和が、チツク・エデイマ・フアクターを追及していれば、その専門である有機塩素系化合物を検索するのもそう困難ではなかつたのではないかと思われるのに、あえてこの点の追及を怠り、どうしてこのようになおざりな鑑定が出されるようになつたのか納得のいかないところである。 (2)そこで、家畜衛試がこのような杜撰としか言いようのない鑑定の仕方をせず、真正面から真剣に鑑定と取り組んでいたとすれば、全く別の結論、考察が出され、それに基づいて本件の経過とは違つた行政の対応がなされたと推測するのはさして難くはない。  つまり、小華和自身が考察したようにアメリカでチツク・エデイマ・フアクターと呼ばれる不明の原因物質があり、この存在を地道に追いかけておれば、同人の学識経験に照らし、実験上からも遅くとも同年五月末ころまでには有機塩素系化合物の存在まで辿りつくことが可能であつたと推認できる。  それから先標的物質の確定に至るまでには長い困難な道程が必要であろうけれども、家畜衛試の役割としては、ダーク油中に有機塩素系化合物が存在し、これが原因と思われるとの鑑定がなされればそれで十分であり、別段難きを強いるものではないと考える。  右のような結論が出され、警告が発せられれば、ダーク油中に有機塩素系化合物が含まれているということは極めて異常な事柄であり、そうすると鶏のへい死に結びつくのはもちろん人体にとつても有害なものである虞れが強いから、必ずやダーク油中にどうして有機塩素系化合物が含有されているのか、他の製造工程とりわけ精製食用油には問題がないのかといつたことが疑問となつて来ざるをえないのであつて、食用油の安全性について疑いがあるとして当然食品衛生行政庁への通報がなされたはずである。そして、前同様の食用油に対する対策がなされたとすると、遅くとも同年七月末までには有毒な食用油の摂取を防止しえたはずである。  そうすると、小華和は、研究者として誠実に鑑定を尽すべき義務を怠り、カネミ倉庫のダーク油が悪いとさえ言えばそれですべて問題は決着するものと速断してなおざりな鑑定をしたことにより、問題をカネミ倉庫の品質管理の拙劣さにすりかえ、かえつてダーク油事件の解明を困難なものとし、前示福岡肥飼検の場合と同様、国をして食用油の安全性に着目しその危険性を回避する機会を失わせたものといわざるをえない。 (3)ところで、一審被告国は、家畜衛試の右鑑定は事故原因究明のためのものではなく、単に再現試験を目的とするにすぎない旨主張するので、これを検討するに、これに沿う当審証人小華和忠の証言も存するけれども、同証言によつても、結局は家畜衛試としては事故原因究明まで引き受けたかも知れないが、小華和個人としては自分の能力、守備範囲をはるかに超えた原因究明についてまで引き受ける意思はないので、あくまで再現試験の範囲内でしか鑑定を引き受けたおぼえはないというにとどまるばかりか、証言を重ねて行くうちに次第に鑑定の主体、時期にこだわり、家畜衛試と小華和忠個人とを明確に区別するに至つたいきさつが認められ、これと、前認定のとおり、単に再現試験であれば福岡肥飼検が九州、山口各県に指示した再現試験で十分まかなえるところ、事故再発防止のため、原因究明を兼ねて家畜衛試に病性鑑定を依頼した経緯とを対比すると、到底採用の限りではない。  さらに一審被告国は、家畜衛試がAOAC法を採用して実験をなしたとしても到底PCBに行きつかないのでなんら鑑定には非難に値する点はない旨主張するが、標的物質であるPCBに辿り着くことが極めて困難なことはその主張のとおりであるけれども、家畜衛試の鑑定が問題とされるのはまさに誠実にその義務を尽せば有機塩素系化合物の存在に辿りつくことも可能で警告を発することが出来たのにそれを怠り、なおざりな鑑定をした点にあるのであつて、PCBまで解明しなかつたことを非難するものではないから、右主張は採用できない。 (三) (1)以上の次第であるから、ダーク油事件に対応した公務員がそれぞれの義務を尽していれば、食用油による被害発生の危険性を十分予測することができ、国がこれに基づいて直ちに食品衛生法上の規制権限を行使し、適切な措置を採つていれば、本件油症被害の拡大を、本件油症発生の経緯、油症の特質に照らし総じて少なくとも三割は阻止することができえたものというべく、一審被告国はその義務を果たさなかつたものとして、一審原告らに対し国家賠償法一条一項に基づき、前記加害行為者に認められる後記損害の全部義務の三割の範囲において、これと不真正連帯の関係に立つ損害賠償義務があるものと認めるべきである。 (2)一審被告北九州市については、本件油症発生の危険を予見することが可能であつたとは認められないから、この点に関する一審原告らの主張は理由がない。 第七 損害について 一 油症の病像について 〈証拠略〉を総合すると、次の事実が認められる。 1 油症は、加熱されたカネクロール(PCBなど)の混入した米糠油を直接経口摂取し、或いは経口摂取した母親から胎盤又は母乳を通じて摂取することによつて亜急性に発症した中毒疾患である。 2(油症患者とその診断基準の変遷) (一)油症の臨床症状はまず皮膚粘膜症状としてきわめて顕著にあらわれたが、当初はその症状のすさまじさに目を奪われて他の症状などは稍軽視された感もあり、また内科的症状や臨床的検査所見に特異的、客観的な所見が乏しかつたこともあつて、油症の急性中毒期(初期)に作られた油症診断基準(昭和四三年一〇月、原判決a60頁)は皮膚症状を中心とし、その症度も皮膚の症度がそのまま油症自体の症度であるかのように取り扱われていた。 (二)しかし、油症発生後数年を経過して油症が慢性期に移行すると、初期には激しかつた皮膚粘膜症状は次第に軽快の徴候が認められるようになつたが、一方臨床的には全身倦怠、食欲不振、不定の腹痛、頭痛ないし頭重感などの不定愁訴、手足のしびれ感、疼痛などの末梢神経症状、せきとたんの呼吸器症状などの内科的症状が年とともに前景に出て来て、前記診断基準が次第に現状に即しないものとなつて来たことや、そのころから血液中のPCBを定量して診断に役立てることが可能になつたことから、そういつた有力な検査成績や研究の成果を取り入れ、昭和四七年一〇月二六日油症診断基準の改訂がなされた(原判決a70頁)。 (三)その後、油症治療研究班は、昭和五一年六月一四日左記のとおり第三次の改訂を補遺の形でなした。これは急性期のみに見られた関節部の腫れと疼痛を省き、前記(二)の診断基準の検査成績から特徴性のない血液所見を省いて、油症に特徴的とみられる血清γーGTPの増加と血清ビリルビンの減少を加えたにとどまり、内容的には第二次改訂基準との間に大きな変革はない。 (四)昭和四三年の発症以来一五年にも及ぶ歳月の中で、届出がなされた被害者の数は一万二六二九人にのぼり、国が把握している確症患者の数も昭和四五年三月現在で一、〇一五名、昭和四八年九月現在で一、二〇〇名、昭和五〇年四月現在で一、二九一名、昭和五三年現在で一、六八四名、昭和五四年一二月現在で一、六九六名、昭和五七年現在で一、七八六名となつており、この確症患者の総数は油症に関する研究の成果、有力な検査の開発が進むにつれてさらに増加して行くものと思われる。 3(油症の現状と治療法) (一)油症は一般に全身的に多彩な自覚症状がみられ、他覚的には皮膚粘膜所見を主とするものであつて、油症治療研究班が中心になつて油症患者のこのような多彩な症状の病理機序と治療方法の解明を求めて、長年に亘つて動物実験や患者の体内組織の各種検査の実施に取り組み、かなりの成果をあげて来たけれども未だに病理機序について解明しえない部分が多く、有効な治療方法も開発されるに至つていない。 (二)しかも、油症の症状は一般的、経年的に軽減しつつあるものの一五年の歳月をかけてもなお消滅するに至らず、また、血中PCBの分析をみるに、血中PCBのガスクロマトグラムパターンを (1)油症患者に特有のものをAパターン (2)それに近いものをBパターン (3)一般人(健常者)と区別がつけられないものをCパターンの三つのパターンに分けた場合、油症患者の九五パーセントがAないしBパターンに属するのであるが、血中PCBの濃度が時日の経過とともに低下傾向がみられ現在では一般人と同じレベルの者も多いのに対して、右血中PCBのパターンそのものは容易に変動しないのであつて時日の経過にも拘らず不変の傾向を示している。このことはPCBの代謝、毒性ひいては油症の病態の複雑さを物語るものである。 (三)治療の方針としては、体内にあるPCBの排泄を促進することが最も重要なことであるが、PCBが高度の安定性、難分解性、脂溶性、非水溶性、蓄積性といつた性質を有する化学物質であるため、一旦体内に入ると脂肪組織とかたく結合して体外に自然排泄することが困難である。今のところ、サルのPCB中毒実験による還元型グルタチオン、コレスチラミンの実験効果が期待される程度にとどまり、原因物質を急速に代謝、排泄させ得るような根本的な治療法に到達していないのが現状である。  この関係で最も強力なPCB移動法、排泄促進方法として注目されたのが絶食療法である。都志診療所で油症患者に対し絶食療法を実施した結果によると、頭痛などの神経症状に対しては初期はもちろん中期においても著明に好転する例がみられたが、皮膚症状に対しては発病後三、四年ころまではかなり著明な改善、軽快がみられたものの、その後は年月が経つに従つて難治の傾向を示しもはや一回の絶食では著明な好転は期待できなくなつている。油症に対し絶食療法が効果があるとされたのは、結局臓器内の脂肪に沈着していたPCBが絶食によつて排泄を促がされ、また、飢餓という強烈な刺戟と新陳代謝の大変調が自律神経、ホルモン系に強い影響を与えたためと思われる。 (四)油症の原因物質であるカネミライスオイルの分析が進行するにつれて、PCB加熱による変性物質の存在が問題とされるようになり、やがてPCBの誘導体であるPCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)及びPCQ(ポリ塩化クオーターフエニール)などが検出されたが、これらの物質はPCBに比較すると遥かに高い毒性を有するものと認められ、油症が当初の予想に反し重い症状と長い経過を辿つて来たのはこれらの変性物質の作用によるものではないかと考えられる。 (五)合併症の治療に当つては、油症患者において神経、内分泌障害、酵素誘導などの所見がみられるため合併症を生じ易く、また合併症が重症化する傾向があるので、慎重な態度が必要であるが、中高年令者では加令と共に他の疾患を合併するものがみられ、その経過判定には複雑困難な場合もある。 4(ドーズ・レスポンスについて) (一)中毒性物質の体内摂取によつて発病する中毒性疾患では、おおむね摂取量と症状との間にドーズ・レスポンスすなわち原因物質の摂取量に応じて中毒症状が発生し、その症度が決定される、という薬理学の原則がある。  右のような摂取量と生体反応の相関関係についての薬理学の原則を油症に適用して考えると、PCBは本来機能的、可逆的障害物質であり、油症の本態は人体の脂質代謝異常と肝臓における薬物代謝の誘導にあるから、皮膚のにきびが二次的に化膿して深部組織に及びはん痕を残すといつた一部の器質的変化を除き、一時的な可逆的機能的変調を主とするものである。したがつて、体内に摂取したPCBは減る一方で再び増えることはないから、病気としては徐々に軽快して行くか急によくなるかいずれにしても軽くなるばかりで、必ずいつかは全治する筈である。ただ、大量のPCBが体内に入つた人は、排泄が非常に遅いために生存中に全治しえなかつたということはありうるし、体力低下に伴ういろいろの合併症併発のおそれがある。しかし、それさえなければ理論的にはいつかは治りうる病気である、とされるのである。 (二)右の薬理学からの主張は、田中潔元九州大学教授の強調されるところであり、恐らく巨視的、理論的立場に立てば異論をさしはさむ余地はないものと思われる。  しかし、同時にこれまで公私の医療機関、油症研究治療班の懸命の努力にも拘らず、発症以来一五年の長きに及んでもなお未だに病理機序についても解明しえない部分が多く治療方法も未確立であることを考えると、巨視的、基礎理論的にみれば一時的な機能的変調にすぎず、時の経過により全治しえない筈はないとしても、この未知の疾病のため長年に亘つて悩み苦しんで来た患者にとつては、現在この瞬間を健康に生きて行くことこそ願つて止まないものであり、近い将来に完治しうる保障もないまま、自分は果して生きている間に全治しうるのかと思い惑うその不安と悩みに対し率直に耳を傾けなければならないものと考える。  そして、その苦しみや合併症併発に対する不安等の中で次第に募つて行く症状があつたとしてもこれを一概に心因性だとして油症とのつながりを否定しさることは十分な説得力を持つものではない。  まさしく、以上のような不安と辛抱の長い年月こそが油症患者にとつて特徴的なものであつたと言つても過言ではない。 二 症状各論  油症にとつて特異的であり、かつ重要と思われる症状について前掲証拠にもとづいて若干発症以来の推移を検討してみる。 1 皮膚症状 (一)皮膚症状は他の疾病に類のない油症に最も特異的な症状であるが、皮膚症状に先行して眼症状(眼脂増加、上眼瞼浮腫)があらわれ、次いで皮膚症状と共に多彩な全身症状があらわれて来るという経過を辿つたものが多い。 (二)皮膚症状の主たるものとして★瘡様皮疹、毛孔の著明化、色素沈着等がみられた。 (1)★瘡様皮疹  全身とくに頬、耳介、耳後部、腹部、そけい部、外陰部等に発生する帽針頭大から豌豆大位の蒼白色ないし麦わら色の面皰様皮疹で、症状が進むと膿様のものが袋の形になる嚢胞を形成し、押すとチーズ状のものが出て来る。容易に炎症或いは化膿をおこし疼痛を伴うが、嚢胞状のものは薬物等の移行が抑制されるため他の化膿性疾患に比べると炎症が治りにくいので、初期の段階で重症例の治癒はきわめて困難であつた。急性期の皮膚症状で最大の特色とみられたのが嚢胞形成であるが、三、四年経過すると激減し、その後は一部(耳介、耳後部、外陰部、臀部)に残つているにすぎない。しかし、重症者にあつては★瘡様皮疹が治癒した後にも瘢痕(あばた)を残している例が多い。 (2)毛孔の著明化  毛孔が開きそこに角化物がつまつて黒点となつて見える状態で、わきの下、そけい部等に多かつた。大部分の症例では三、四年で消化したが、一部の重症者は最近まで持続していた。 (3)色素沈着等  爪において顕著であるが、顔面、歯肉、結膜、口唇においても認められた。年月と共に減少し現在では大部分の症例では消失している。  なお、当初色素沈着と共に爪の変形とくに拇指爪の扁平化が認められる場合があり、爪が変形して爪床にくいこみその痛みのため爪をはぎ取る必要があることが多かつた。  そのほか、少数ではあるが頭髪の脱毛を訴える者もあつた。 (三)油症発生後これまでの皮膚症状の推移を要約すれば、 (1)皮膚症状は全体的に減少、軽快の傾向を辿つている。 (2)初期にはなかつた新しい皮疹の出現はなく、皮疹の数や程度の変化と各種の皮疹のバランスの変化がおこつているにすぎない。 ということになる。ここで留意しなければならないのは、血中PCBパターンとの関係で、重症例はAパターンで始まるのであるが、皮疹が改善して重症度〇となつてもパターンはやはりAのままで持続していることであつて、外見上は治癒したように見えてもこのような点からは決して完治していないと言うことが出来る、とされている点である。 2 眼の症状 (一)眼の症状は油症の初発症状として著明であり、典型例では起床時に開瞼できない程の著しい眼脂の増加と眼瞼の浮腫、結膜の充血、異和感、視力低下などを自覚症状として訴える者が多く、また他覚的所見としては瞼板腺(マイボーム腺)の分泌亢進と結膜への色素沈着がみられた。このうち主訴となつている視力低下(視力障害)の多くは眼脂の増加による一過性霧視及び屈折異常によるもので、眼科的異常所見は認められなかつた。また、自覚症状も現在では専ら眼脂増加が訴えられるだけで、その程度も起床時に自覚するという例が多い。その後瞼板腺病変は軽快しているが色素沈着はなお残存している例が多い。 (二)このように現在では眼症状も軽快し、きわめて軽微な所見を呈するようになつたが、一方ではなお瞼板腺圧迫排出物中のPCB濃度は血液中のそれのおおよそ一〇倍を示している。このことは瞼板腺にPCBが集り易いこと及び依然として瞼板腺になんらかの異変を生ぜしめていることを示唆しているものと認められる。 3 頭痛(頭重感) (一)油症患者において頭痛を訴える頻度は高く、頭全体とくに後頭部や両側頭部をしめつけるようにして持続性、非拍動性、非発作性の鈍痛があり、ひどい場合は殆んど毎日、しかも一日中続くと訴える例もある。年令的には一五才未満と一五才以上とを比較すると一五才以上がはるかに高い。年月の経過と共に皮膚症状が軽快するのに比べて慢性期に至つても頭痛、手足のしびれ感、全身倦怠感が残存し、かえつて前景に立つようになつたが、中でも頭痛はしばしば油症患者の主訴となつており、昭和四七年以来診断基準にも採り上げられた。 (二)油症の頭痛に対しては鎮痛剤等の薬剤は殆んど効果がなく、有効な薬剤がない点が一つの特徴である。  眼底、四肢、脳波等の神経内科的検査によるも積極的に頭痛の原因となる異常所見を見出すことができず、血中PCBの濃度やパターンとも一切無関係であることや、一五才未満の子供には頭痛の訴え率が低く絶食療法による著効例がみられること等から機能的要因による緊張性ないし心因性の頭痛ではないかとも考えられるが、はつきりした事は未だ判つていない。 4 胃腸症状 (一)油症患者の訴えの中には不定の腹痛、下痢、悪心等の胃腸症状があり、中でも不定の腹痛は空腹時とか食後とかいつた定時ではなく突然起きる激しい腹痛であつて、下痢症状を伴うことも多く、患者のうちかなりの数の者がこれを経験し、日常生活に支障をきたす原因の一つに数えあげており、昭和四七年診断基準もこれを採り上げている。  しかし、レントゲン検査などの臨床検査によつても胃炎とか胃潰瘍といつた器質的障害は認められず、ただ胃腸の運動亢進という所見が認められたにとどまり、死亡患者の解剖所見からも腸管や腸間膜に異常を見出せなかつた。そこでこの腹痛は胃腸の過敏症ないし胃腸を支配する自律神経系の調節機能の障害によるものではないかと説明するむきもあるが、未だ仮説にとどまつている段階である。 (二)また、油症患者の腹痛をポルフイリン症と関連づける説もあるが、それも確定的に関係があるとしたものではなく、ポルフイリン症が存在する可能性を疑つたにすぎず、その診断については、尿の検査をすれば色の変化及びポルフイリン誘導体が存在することによつてたやすく判明するのに、これまでになされた油症患者の尿検査の中には該当するような検査結果は見当らないので否定的に解される。 5 呼吸器症状 (一)油症患者の多くは皮膚症状とほぼ同時期から呼吸器症状が出現し、昭和四五年七月までの調査では患者二〇三名中四〇パーセントにたん、せきがみられ、三〇ないし四〇パーセントに胸部レントゲン所見として線状影、網状影が認められ、さらに一〇パーセントの例症として小葉性或いは無気肺性陰影が加わつているのが認められたが、これらの症状は慢性気管支炎類似のものとされた。  これは、腸から吸収された脂質の七〇ないし八〇パーセントが腸管を経て肺に達するが、肺が活発な脂質代謝を行つているため、PCBが肺の脂質代謝経路を通つて末梢気道から肺胞表面にかけて排泄され、たんとして喀出されることにより、PCBの排出経路となつていることに由来する。したがつて、初期の段階では患者にたんが多く気道への感染を受け易いこともあつて呼吸器症状が治癒しにくい状態であつた。 (二)呼吸器症状と血中PCB濃度との間には相関関係があり(血中PCBパターンとの間には関連性は見出せない)、その後血中PCB濃度が低下するにつれて呼吸器症状も全体として改善傾向が見出される。しかし、血中PCB濃度が高い患者において慢性気道感染症の状態が約半数も存在しており、しかも緑濃菌感染の頻度が高くなる傾向にあるので、今後の観察が必要とされる。 6 油症児について (一)油症児として特に問題とされるのは、油症の母親から生れ、PCBが胎盤を通して移行した結果出生のときから特異な症状を呈する経胎盤油症児と、母親が汚染油を摂取して油症となり、PCBが母乳を通じて移行した結果油症となつた経母乳油症児である。 (二)経胎盤油症児は、在胎週数に比較して生下時体重が小さく、出生時全身皮膚への異常色素沈着(灰色がかつた暗褐色)がみられたため、「黒い赤ちやん」と呼ばれ、PCBが世代をこえて発症するものとして世間の耳目を集めた。そのほか、皮膚の乾燥と落屑、眼脂の増加、歯肉部の異常肥大と凹凸状態がみられ、これらが特徴としてあげられる。母親がカネミライスオイル(汚染油)の摂取を止めて数年を経た後になつてもこの「黒い赤ちやん」の出生は続き、PCBの恐しさを示している。  その後の経過観察によると、黒皮の症状(色素沈着)は生後二、三ケ月で軽快、消褪し、出生後の発育も男児の体重が標準値より小さいが標準発育曲線にほぼ平行して増加し、運動機能、精神面の発達の遅れも別段みられなかつた。また、昭和五〇年長崎県五島地区で行つた健診の結果では、受診者全員が標準偏差値の範囲に入り正常の成長発育を示しているとの結果が出された。本来の成長曲線に戻つたものとして、いわゆるキヤツチアツプ現象が油症児にも認められたものとされている。  また、経母乳油症児は、母乳中のPCB濃度が著しく高くそれが濃縮されるため重症になるのではないかと心配されて来た。それを明らかにする研究成果はみられないが、血中PCQレベルの分析を通じてPCQは母胎内暴露(胎盤を通して胎児に移行すること)よりも母乳を通じての暴露の方が問題であるとするむきもある。経母乳油症児も成長が抑制され、身体、体重とも増加が止まつたが、昭和五〇年長崎県五島地区で行われた小、中学校の健診の結果では八ないし一〇才の男子には未だ成長抑制の傾向があるが、全体としては健常児との間に有意の差はみられないとの結果が出された。  しかし、他方では両者を通じて乳歯が抜けても永久歯が生えるのが著しく遅れたり、歯の根元を欠く歯牙異常の例が多くみられ、これらの成長抑制が一時的なものと言えるかどうかこれからも観察し見守つて行く必要がある。 三 油症患者の死亡について 1 一審原告らは、別紙〔四〕死亡油症患者一覧表記載の死亡者について油症罹患とそれらの者の死亡とは因果関係があるものとして生存者と異なる慰藉料を年令別による一率加算方式により請求するので、その死因、因果関係等について検討する。  右死亡者らの死因が後記樋口サキを除き油症そのものが死因でなかつたことは一審原告の主張自体からも明らかである。これを疫学的にみるに、丁第九七号証、第九八号証の二によれば、昭和五五年五月末現在の油症患者の死亡数は八五名で、その死因は悪性新生物二三名全死亡者に対する割合は二七パーセント、心疾患二二名で二五・八パーセント、脳血管疾患一一名で一二・九パーセントであり、一方昭和五四年度の日本人の死亡統計からすると、悪性新生物による死亡者の全死亡者に対する割合は二二・七パーセント、脳血管疾患が二三パーセント、心疾患が一六・二パーセントとなつており、その間に特異的なものとして有意差を見出すことはできない。  また、死亡率について考察するに、一審被告国は昭和四四年から昭和五四年までの日本人の死亡率の平均は年間人口一、〇〇〇対比で六・四三であるのに対し昭和五三年一二月現在の油症患者数一、六八四名を基礎として計算した死亡率は四・二となるので油症患者の死亡率は日本人全体より低いと指摘するが、その計算の当否はしばらくおくとしても、油症患者の死亡率が日本人全体の死亡率と比較して有意差を示しとくに高いと認めるべき証拠はない。 2 ところで〈証拠略〉によれば、樋口サキが昭和四八年三月三一日愛風会朔病院で死亡した際、同病院の医師朔淳一は右サキの死亡診断書に死因として「カネミ油症」と記載したこと、それは同人が脳脊髄障害のため意識低下と両下肢の麻痺があらわれ衰弱死したものであつたが、朔淳一において、サキがカネミ油症患者であるため死因として(一)カネミ油症(二)カネミ油症兼動脈硬化症(三)動脈硬化症の三つの病名を考えたうえ、動脈硬化症がカネミ油症のため促進されないとは否定できないので死亡診断書の死因欄に「カネミ油症」と記載したことが認められる。  右の事実によれば、朔淳一医師は樋口サキの直接の死因を動脈硬化症と判定したが、同人が油症患者であることから油症のために動脈硬化症が促進されないとは否定できないという趣旨で「カネミ油症」と記載したというにとどまり、直截に同人の死亡とPCBとの因果関係を肯定したものとは到底認め難く、その他右サキの死亡がカネミ油症にもとづくものであることを首肯するにたりる証拠はない。 3〈証拠略〉によれば、油症患者死亡者の平均年令は六四・六才であつて、老人で気管支拡張症というような基礎疾患を持つている者に対して油症に罹患したことがなんらかの負荷因子となつて慢性の気管支炎が悪化する可能性を否定することはできないが、油症が原因となつて死亡したという確証はなく、各死亡者の死因と油症との間の因果関係は不明と言わざるをえない。  一審原告らは、死亡者のうち少くとも原因不明の症状で急死した三吉基博、壊疽の悪化によつて右足を切断し衰弱死した大川渡の場合には油症が死に直結したことは明らかであるとし、それに沿うかのような〈証拠略〉も存するが、これは現段階でははつきり確認しえないとする〈証拠略〉に照らし措信することができない。  したがつて、各死亡者らの死亡と油症との間に因果関係があることを前提に、死亡者に対し一率加算を求める一審原告らの主張は採用することができない。 四 症状鑑定について  当審において、一審原告ら油症患者全員に対して、油症による障害の程度並びに軽快の推移、死亡者に対しては死亡と油症との因果関係並びに死亡に至るまでの油症による障害の程度及びその推移についての症状鑑定を行つた。  九州大学医学部教授占部治邦を代表世話人とする一一人の鑑定人によつて一審原告らの患者カード、油症患者検診票、カルテ等に一審原告本人らの陳述書を加えたものを基礎資料として症状鑑定が行われたが、この鑑定に当つては、内科、歯科、皮膚科、神経科、眼科、産婦人科、小児科並びに血中PCB濃度分析の各専門分野から鑑定人が選ばれ、これまでの診断の経緯に鑑み皮膚症状と内科的症状とを二つの大きな柱として、各分野ごとにそれぞれ概括的な診断基準を設け、それらの基準に沿つて各鑑定人が各患者毎の全資料を点検して一応のランク付けをなし、さらにそれを鑑定人会議で検討する手続をふんだ。そして、その結果次のような症度の分類がなされ、これにもとづいて鑑定書記載の各一審原告ら油症患者のランク付けがなされた。 症度4(重症)常時医療を要し、日常生活においてしばしば休養を要するもの 症度3(中等症)症度4と症度2の中間の程度のもの 症度2(軽症)日常生活に支障はないが、なお若干の症状を有するもの 症度1 ほとんど症状のないもの  なお、提出された資料が乏しく、鑑定人の過半数が症度の判定ができないとしたものを鑑定不能ということにした。 五 症度と慰藉料額の算定について 1 一審原告らは、本訴において、一審原告らが被つた損害は社会的、家庭的、経済的、精神的などすべてを包括する総体として把握すべきであり、請求する金額は右総体の僅か一部にすぎず、また、全体としての症度についてランク付けをすることができないから一審原告らの年令に応じ死者については二、三〇〇万円ないし三、〇〇〇万円、生存者については一、八〇〇万円ないし二、五〇〇万円を包括的、一律的に慰藉料として請求すると主張するのであるが、できる限り一審原告らの損害を個別的に考慮、認定すべきものであることは、「本件損害賠償請求事件において、損害の基礎とすべきものは原則として被害を受けた程度、基本的には各患者の症度によるものであり、各一審原告らの症状に応じて症度を分類することは可能である」と付加するほか、原判決理由説示(原判決a156頁一九行目の「しかしながら」から同a157頁の一二行目まで)と同一であるからこれを引用する。 2 本件においては、すでに認定したように人の生命を維持して行く上に不可決であり、しかも誰もが絶対に安全であると信じていた食用油中に毒物が混入して惹起された事件であり、一審原告ら被害者にとつてはこれを避けようとしても避けることができなかつたものであつてなんらの過失もなかつたことが特徴的である。  そこで、当裁判所としては、発症以来原審判決に至るまでの一審原告ら各人の症状は原判決別紙〔一〇〕油症原告被害認定一覧表のとおりであるからこれを引用し、原審判決後現在に至るまでの症状は別紙〔六〕油症患者被害認定一覧表中の「当審において新たに認定に供した証拠」欄記載の証拠によつて、同表中の「原判決に付加訂正すべき主な症状等」欄記載の付加訂正すべき症状及び特記事項の存在を認定し、これに前記本件の特殊事情を考慮し、次のとおりの基準によつて慰藉料額を算定する。すなわち、油症患者に対する症度区分は基本として重症、中症、軽症、ごく軽い症状の四段階に分類するが、さきに認定したとおり、油症患者が発症以来一五年に及ぶ歳月の中で軽快の傾向にあるものの一部の症例においては依然として頑固な症状が継続し、生活に支障をきたすところがあるので、それらの症状を有する者を特別にそれぞれ最も重い症状、中症の上、軽症の上として格付け勘案することにした。 そうすると前記症度に応じて慰藉料の額は 最も重い症状 一、二〇〇万円 重症     一、〇〇〇万円 中症の上     八〇〇万円 中症       七〇〇万円 軽症の上     六〇〇万円 軽症       五〇〇万円 ごく軽い症状   四〇〇万円 と定めるのが相当である。  ただし、油症発生後の病状とくに長期又は難度の入院歴、現在に至るまでの生活状況、生活破壊の程度等を考慮し、右症度分類による基準額によつては未だその損害を補完するにたりないと認められる特段の事由がある者についてはその事情に応じ加算することとした。 3 なお、鑑定不能者の取り扱いについては、証拠がないものとして最低のランク付けを行うという考え方もありうると思われるが、前認定のとおり、油症が家族発生であり、同一家族内での血中PCBパターンの一致率も非常に高いので、少くとも認定時期が同一又は近接している者においては、同一家族内で勤務の都合、学業、健康状態等により汚染油の摂取量が著しく異なる等特別の事情のない限り、出来るだけ他の家族構成員の症度を参考にし、これを控え目に認定して行くこととした。 4 以上により、一審原告ら各人の本件油症被害による慰藉料額は(死亡油症患者の相続関係等は後記六認定のとおり)別紙〔七〕認容金額一覧表記載の「慰藉料額」欄記載の金額をもつて相当と認める。 六 死亡油症患者の相続関係等について  死亡した油症患者の相続関係等はつぎのとおり付加、訂正するほか原判決理由説示(原判決a161頁一八行目から二二行目の「認められる。」まで)と同一であるからこれを引用する。 1 氏名の訂正  一審原告らのうち、一審原告ら主張にかかる一審原告らが、婚姻等によりその主張のとおり氏名を改めたことは、弁論の全趣旨により認められる。 2 当審における主張変更分 (一)一審原告北島オリエについての債権譲渡に関しては、〈証拠略〉によれば、その主張のとおりの債権譲渡、その通知の事実を認めることができる。 (二)弁論の全趣旨によれば、油症患者池田久江は一審原告ら主張の日に死亡し、同人の相続人として一審原告主張の四名のほか、同人の養子上本一恵がいることが認められる。  よつて、一審原告池田聡は、右久江の夫として同人の権利の三分の一を、その余の右一審原告らは右久江の子として同人の権利の六分の一ずつを、相続した事実が認められる。 3 当審において新たに主張された権利の承継 (一)一審原告ら主張の油症患者ら及び樋口泰滋、渡辺アイが、その主張の日に死亡したことは当事者間に争いがない。弁論の全趣旨によると、第二の一の3の(三)の(2)太田成春、同(3)井上孝子、同(19)泉谷敏雄、同(20)水谷ツルを除くその余の油症患者らにつき、一審原告主張のとおり相続が開始したことが認められる。 (二)油症患者太田成春については、〈証拠略〉により、一審原告主張のとおり権利の承継があつたことが認められる。 (三)油症患者井上孝子については、弁論の全趣旨によれば、同人の相続人として一審原告ら主張の三名のほか、同人と前夫角谷勲間の長男角谷雄二がいることが認められる。  よつて、一審原告井上★幸は、右孝子の夫として同人の権利の三分の一を、その余の右一審原告らは、右孝子の子として同人の権利の九分の二ずつを相続したことが認められる。 (四)油症患者泉谷敏雄については、〈証拠略〉によれば、一審原告主張のとおりの相続が開始し、さらに遺産分割協議により、一審原告泉谷政子が油症患者泉谷敏雄の権利の全部を承継したことが認められる。 (五)油症患者水谷ツルについては、弁論の全趣旨によれば、同人の相続人として一審原告ら主張の五名のほか、同人と前夫中村護間の長男中村茂夫がいることが認められる。  よつて、右一審原告ら五名は、右ツルの子として、同人の権利の六分の一ずつを相続したことが認められる。 4 相続債権の譲渡  一審原告北島オリエについて、〈証拠略〉によれば、同人は亡北島秋夫の共同相続人である山崎郁子、渡邉唯子、北島醇二、北島誠之、北島諒三、北島篤から、昭和四七年一月三一日亡秋夫の本件損害賠償債権のうち、右六名の取得した各相続分の譲渡を受け、右六名は昭和五八年二月二六日債務者である一審被告らに対し債権譲渡の通知をし、右通知はそのころ同被告らに到達したことが認められる。 七 一審被告加藤三之輔の一部弁済の主張について  一審被告加藤は、カネミ倉庫が原判決別紙〔五〕原告別支払明細一覧表氏名欄記載の一審原告らに対し同表記載のとおり治療費、交通費、見舞金、仮払金をそれぞれ支払い、同別紙〔六〕死亡者別支払明細一覧表記載の死亡者に対しても同様に金員をそれぞれ支払つた旨主張し、〈証拠略〉によるとカネミ倉庫は治療費、交通費、仮払金、見舞金等の名目で同表記載の金員を支払つたことが認められるけれども、その項目の詳細について必ずしも明白ではなく、これらのものを直ちに本件慰藉料債権の一部弁済と認めて損害認定額から控除するのは相当でないものと考えるので、右主張は採用できない。 八 一審被告鐘化の分割責任について  一審被告鐘化は、予備的主張として、仮に鐘化の行為が油症事故の発生に寄与したと認められるとしても、その寄与度はきわめて僅少であるから、その寄与の割合に応じた責任すなわち分割責任を負うべきであると主張するが、右主張は鐘化のいわゆる工作ミス説を前提に主張しているものと解されるところ、前叙のとおり工作ミス説にはピンホール説を覆すにたりるだけの合理性に乏しく、これを採用することができず、鐘化の責任は、カネクロール四〇〇という新しい化学物質を製造、販売する者が当然なすべき注意義務を怠つたことにより本件事故の端緒を作つたものであつて、到底僅少な責任と言うべき筋合のものではないから、公平の原則によつて損害賠償責任を減縮すべきいわれはない。  したがつて、右主張は採用することができない。 九 一審原告井藤良二の請求について  一審原告井藤良二は、長女亜希子が胎児性油症児として出生したため、同人の父として固有の精神的損害を受けたとして、その慰藉料を請求するが、その請求は理由がないので同一審原告の控訴を棄却すべきであるが、その理由は原判決理由説示(原判決a163頁一行目から一三行目まで)のとおりであるからこれを引用する。 一〇 弁護士費用  弁論の全趣旨によれば、一審原告らは一審原告ら訴訟代理人である各弁護士に本件訴訟の提起、追行を委任し、右代理人らが本件一、二審を通じて訴訟活動を行つて来たことが認められ、本件訴訟の難易、特異性、原告数七〇〇人にも及ぶ集団訴訟であること並びに請求認容額等を考慮し、それぞれ認容した慰藉料額の約五パーセントにあたる別紙〔七〕認容金額一覧表中の「弁護士費用」欄の各金員をもつて各一審原告ら(一審原告井藤良二を除く)の本件事故と相当因果関係にある損害と認めるべきである。 第八 結論  以上の次第であるから、一審原告ら(ただし、一審原告井藤良二及び一審被告加藤三之輔に対する関係で一審原告大川点順こと梁女を除く)の本訴請求は、一審被告加藤三之輔、同鐘化に対する関係においては、別紙〔七〕認容金額一覧表「認容金額(一)」欄記載の金額及びこれに対する本件不法行為の後であることが明らかな昭和四三年一一月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の不真正連帯支払を求める限度で、一審被告国に対する関係においては、右金額の三割に当る同表「認容金額(二)」欄記載の金額及びこれに対する同日以降同一の割合による遅延損害金につき右一審被告加藤三之輔、同鐘化と不真正連帯支払を求める限度で正当であるが、その余はいずれも失当といわねばならず、また右一審原告らの一審被告北九州市に対する本訴請求、一審原告井藤良二の本訴請求はいずれも理由がないものといわねばならない。  よつて、右と趣旨を異にする一審原告ら(一審原告井藤良二及び一審被告加藤三之輔に対する関係で一審原告大川点順こと梁女を除く)と一審被告加藤三之輔、同鐘化、同国に関する原判決部分を、当審の認容額が原審の認容額を上廻る一審原告については該一審原告の控訴に基づき、それを下廻る一審原告については一審被告鐘化の控訴に基づき主文第一項1、2のとおり変更し、右一審原告らと一審被告鐘化関係において、その控訴に基づいて右変更にかからない右一審原、被告らの控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、一審原告井藤良二及び同一審原告、一審原告渡邊瑠璃子を除く一審原告らと一審被告北九州市に関する原判決はいずれも正当であるから、一審原告井藤良二の控訴並びに右一審原告らの一審被告北九州市に対する控訴及び拡張請求を棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九五条、九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官 美山和義 谷水央 足立昭二) 図面|1 脱臭缶構造図 図面|2 棒状水銀(直接)温度計 (図一)油症診断基準(昭和51年6月14日補遣)油症治療研究班 別紙〔七〕認容金額一覧表