コンピュータ法学(CaLS)の可能性


目  次


 はじめに

 1.法律学とコンピュータ
1−1.高度情報化社会
1−2.コンピュータのもたらすインパクト
1−3.コンピュータとは何か
1−4.法律学とコンピュータの関連
    1−4−1.コンピュータはどのように法律学にかかわるか
    1−4−2.コンピュータ法学(CaLS)の提唱
 
2.法律学へのコンピュータ導入
2−1.能力区分による段階付け
   ---コンピュータの能力と利用者の能力
2−2.第一段階 計算機能と文書革命
 2−2−1.計算機能
 2−2−2.文書革命
  2−2−2−1.法律文献における文書革命
  2−2−2−2.横書き v. 縦書き
  2−2−2−3.フットノート v. エンドノート
  2−2−2−4.文献引用の電子情報化
   2−2−2−5.法律文の平易化
2−3.第二段階 情報検索
  2−3−1.ライブラリー・ワークの効率化
 2−3−2.法律文献検索システム
 2−3−3.判例検索システム
 2−3−3−1.判例検索システムの利用
2−3−3−2.判例検索システムのあり方
     2−3−3−3.望ましい判例検索システム
     2−3−3−4.コンピュータ判例検索システムの三条件
     2−3−3−5.CD−ROM v. オンライン
2−4.第三段階 知識工学の成果
 2−4−1.エキスパートシステム
     2−4−1−1.エキスパートシステムの機能タイプ
     2−4−1−2.法律学におけるエキスパートシステム
    2−4−2.エキスパートシステムの問題点
     2−4−2−1.エキスパートシステムの進むべき方向
     2−4−2−2.専門家のためのエキスパートシステム
2−5.第四段階 考えるコンピュータ

おわりに




はじめに

近時のコンピュータ・テクノロジーの進歩と相まって、コンピュータと法に関する論文を目にする機会が増え続けている。これは、コンピュータが現代社会で無視しえない存在となっていることと、これに対する法律学からの対応の必要性が高まってきていることの現れであるといえよう。私は、このコンピュータに少なからずも興味を持つ者の一人として常々、コンピュータの持つ様々な能力を何らかの形で応用し法律学研究の手法に取り込み得ないか、またコンピュータを法律学における一つの独立した研究対象分野として捉え、その利用活用方法を研究してはどうかと考えてきたのである(1)。
そこで、コンピュータの持つ機能を利用して法律学研究を進める分野に、『コンピュータ法学(CaLS:Computer aided Legal Studies)』(以下CaLSと略す)という名称をつけ(2)、このCaLSとはどのようなものであり、またどのようなことが出来るのかという意味で、CaLSの可能性について検討を加えようと考えるに至ったのである。将来的には、必ずや、コンピュータを法学教育、法律学研究に取り入れざるを得ない時が到来するものと考え、それに対する取組み方を述べようとするのが本資料の目的でもある。


 1.法律学とコンピュータ

1−1.高度情報化社会

1990年代に突入した現代は、高度情報化社会(3)といわれている。この高度情報化社会においては、情報革命(4)と呼ばれるものによって、情報の氾濫、情報爆発、情報公害、また地域的な情報の過疎といった様々な社会問題(5)が顕在化してきている。
法律学においても、この高度情報化社会に対応せざるを得ないのはいうまでもない。しかしながら、法律学は社会的変革に対しては、その変化が法的問題として具現しないまでは、その問題に対する対応が遅れるという傾向がある。未だ現れてこない法律上の問題を予測しそれに対応することは、法律学においては容易なことではない。社会的変革に対応できない法律学ではなく、積極的にこれら社会的変化を先取りする法律学という方向での取組みが必要となることは十分認識されるべきであろう。この高度情報化社会に対応しようとする法律学研究は既に始まっており、それは日本のみならず、世界的規模で行われているのである(6)。

1−2.コンピュータのもたらすインパクト

高度情報革命の旗手として、社会に大きな変革をもたらすものは、まさにコンピュータである。コンピュータは、社会のあらゆる領域に浸透し、我々の日常生活に欠くことのできない道具となってきている。コンピュータ革命と呼ばれる現象は、第二次産業革命ともいわれる(7)。第一次産業革命が資本主義社会の形成を促し、これにつれ法も中世の法から近代・現代の法へと変革してきた歴史的事実と同様に、このコンピュータ革命は、法そして法律学に様々な形で変革を迫ることになるのが予想される(8)。法律学が対象とする社会自体がコンピュータ革命により変革されてしまうからには、その変革に対処するような対応が必要となる。
しかしながら、ここで注意すべきことは、コンピュータのみが我々の社会に多大なインパクトを与えるのではない、ということである。仮にコンピュータのみが影響力をもたらすならばコンピュータ自体に対する対策を講ずれば多くの問題は解決し得よう。しかしながら、コンピュータ社会、高度情報化社会におけるコンピュータ革命というものは、社会構成員の意識変革(9)をもたらすものであり、ただ単なる情報伝達に関する使用道具の変革ではないということである。つまりは、社会そのものが変革されていくということとなる。高度情報化社会における「情報の氾濫」という現象は、情報というものの価値が社会的重要度が増すからこそ、具現化してくる社会問題となるのである。
コンピュータは部分的には人間の能力以上の働きでもって、この情報の氾濫から人間を解放してくれる有力な道具の一つとなり得る。けれどもコンピュータという人類の発明がコンピュータ革命に代表される社会的変革を偶発的に引き起こしているのではなく、起きるべくして起きる必然性を持ったものなのである。したがって、コンピュータの出現に代表される社会変革は歴史的に必然となっているからこそ、これに対する法律学からの取組みの必要なことも必然となってくるのである。

 1−3.コンピュータとは何か

 コンピュータ(computer)、この語は様々な意味で用いられる。英語からの外来語であるコンピュータという言葉は、日本語に訳せば「計算機」とか「電子計算機」ということになる。このコンピュータは、当初は、弾道の計算とか暗号解読といった軍事目的に使われ、その名のごとく単に「計算をする機械」に過ぎなかった。しかし近時の定義によれば、「走行中にオペレータ(操作員)が介入することなく、多くの算術演算や論理演算を含む膨大な計算を行うことができるデータ処理装置」とされる(10)。今日において、コンピュータを、電子部品の寄り集まった単なる箱が単純な計算をするものに過ぎないと考える人は、むしろ少数であろう。現在のコンピュータが計算機以上の働きをすること、例えば銀行のオンライン・システムによるCD(自動現金支払装置)などが銀行員に代わって預金の預入れや引出しを行うことは、よく知られている。
 現代のコンピュータの知的作業における有用性については次のように表現できる(11)。「コンピュータは、多数の因果関係を記憶し、それらの相互の関係をきちんと位置づけることが可能だから、原因と結果のからみあった問題を解決するような場合には、並み大抵の方法では及びつかないほど役立つ。コンピュータは大量の情報をふるい分け、その中から微妙なパターンを発見することができる。断片的な情報を幾つも集めて意味を持つ全体像を作り上げることができるのである。一連の仮説、或は一つのモデルに基づいて、ある決定を下せば、その結果がどうなるのかを普通の人間が考えるより、はるかに系統的に、しかも完全に追跡してみせることができる。コンピュータはまた、人や物の間に存在する、これまで認識されなかった関連を発見することによって、問題解決に当たって、我々の想像力を刺激する方法を示唆してくれるのである。」
 つまり、コンピュータは、生来人間が持つ能力を人間とは比較にならないまでに高速かつ正確に代行して機能する可能性を秘めているのである。そしてコンピュータはプログラミングによってオペレータの思い通りに操ることができるのであるから、まさに人類にとって初めての『使用目的の決っていない道具』となり、無限ともいえる可能性を秘めているといえる。


 1−4.法律学とコンピュータの関連

 1−4−1.コンピュータはどのように法律学にかかわるか
 
コンピュータが社会に広く普及し、日常生活でのコンピュータの役割が欠くことのできない社会、つまり『コンピュータ社会』において、法律学がコンピュータを無視し得ず何らかの対応が必要となることは明白である。では、コンピュータと法律学との関連はどの様に捉えるべきであろうか。私は、コンピュータの捉え方については、次のような方向に大きく二分できると考えている(12)。
 A.「対象」としてのコンピュータ
 コンピュータ社会において、コンピュータを媒介として生ずる法律問題を法律学が対処し、これを調査研究する方向である。既存の法体系ではコンピュータ社会に生ずる様々な問題に対処できないものを研究対象として扱っていくことであり、法律学がコンピュータを法律学の研究対象として捉えていく方向である。
B.「手段」としてのコンピュータ
 コンピュータの持つ種々の有用な機能を法律学の中に導入していくという研究方向である。コンピュータの持つ様々な機能、つまり情報処理機能、情報記憶機能、IO機能、通信制御機能、等を有効に活用して、法律学研究独自の特徴に合わせてコンピュータを利用していくという方向である。

 具体的なAの「対象」としてのコンピュータの取組みの実例としては、まず刑法におけるコンピュータ犯罪への取組みが挙げられる(13)。また、情報の機密性とプライバシーの問題、ソフトウェアの著作権保護の問題に対する取組み等もある。そしてBの「手段」としてのコンピュータの取組み例としては、アメリカで既に実用化されているオンラインデータベースによる判例検索システムの活用のように、コンピュータを法律学研究の道具として利用することが挙げられよう(14)。
 しかしながら、Bの方向について現状では積極的に研究がなされているわけではなく、今後検討され研究されるべき分野なのである。そこで、私の提唱するCaLSは、まさにBの方向、法律学にコンピュータを「手段として」導入するという研究を内容とするものである。

 1−4−2.コンピュータ法学(CaLS)の提唱

 一口にコンピュータ法学といっても様々なアプローチが存在する。事実、全国の大学の法学部等で進められている「法とコンピュータ」に対する取組み方も多種多様である(15)。こうした研究分野が黎明期にあり確固とした研究スタイルが確立されていない以上、多様な研究手法があってしかるべきである。むしろ、何らかの支配的な研究手法に多様性が収斂され、画一的な研究手法がはびこることの方が独創性をつみとる危険があろう。
 この多様性の中の一手法としてのコンピュータに対するCaLSの取組み方を述べるにあたり、なぜ、コンピュータと法律学の関連において、このような名称を付けて、独自の学問分野として個別に扱う必要があるのか、という疑問が当然のこととして生じてこよう。
 まず、この研究領域が今までの法律学とは特異なものであることを理解していただきたい。特異性ゆえに学問領域を独立させることは不可思議ではない。そしてさらには、確かにはじまりは、現在行われている法律学の手法に乗っ取って研究を展開していく領域であり、あくまでも『手段』に過ぎないが、将来的には法律学研究・法学教育のありかたそのものを変革させる可能性を持つ領域であるからこそ独自性が必要となる(16)。

 2.法律学へのコンピュータ導入

 2−1.能力区分による段階付け---コンピュータの能力と利用者の能力

 現在我々の接することができるコンピュータは、単なる計算機とかワープロといった単純な利用方法のみならず、論理思考といった方面にも十分利用しうる段階にまで発展してきている。
 そこでコンピュータをどのように法律学に導入すべきか述べていくことにする。つまりCaLSとしては、具体的にどのようなことを行い、またどのようなことが可能か述べていくこととする。
 コンピュータを法律学に「手段」として取り入れて活用していくには、様々な方法が考えられるが、導入段階を次の4段階に分類し段階別に導入すべきである(17)。まず、第一段階としては、コンピュータの極めて初歩的な能力を活用し『計算と文書作成』という形で法律学にコンピュータを導入する。第二段階ではコンピュータを用いた法情報収集、第三段階ではエキスパートシステム、第四段階では、法律家に代わってコンピュータに法解釈を行わせるシステム開発、という形で段階的に導入をはかる。この段階別導入に関してのキーワードは『能力』であり、次の二側面を考慮しながら段階別導入をはかるべきである。
 まず第一に、コンピュータ・ハードウェアの発展形態による段階である。使用しようとするコンピュータの能力によっても、できる作業の内容が異なることは当然である。コンピュータの処理能力は、一般的には記憶容量とか処理速度によって段階付けられる。また使用目的から様々な名称でコンピュータを分類することもある。メインフレーム(18)、オフィース・コンピュータ(オフコン)(19)、パーソナル・コンピュータ(パソコン:以下PCと略す)(20)とかマイクロ・コンピュータ(マイコン)(21)、ワークステーション(以下WSと略す)(22)のようにである。コンピュータの規模、能力等によって、必然的に利用可能な作業内容が段階づけられるのも当然である。
 第二にコンピュータを扱う者のコンピュータに関する能力(23)である。コンピュータの使用にあたっては、必要最低限の知識を必要とするのは当然であり、技術的に高度な利用を行うためには相応の能力が不可欠とされる。
 近時、コンピュータ利用者の数は、ダウンサイジング(24)の広がりにより増加し続けている。これまでメインフレームやオフコンで構築してきたホスト集中型の情報システムがPCやWSを利用した分散処理に移行されるようになってきていることと、コンピュータの低廉化がコンピュータの普及を促進し続けている。この現象は、かつての大型計算機並の処理能力を持ち、小型化・高機能化・低廉化されたPCを法律家一人一人に利用可能とし、法律家が個人でコンピュータが使いこなせる時代の到来を示している。さらには、コンピュータ・ユーザーの裾野が広がることがソフトウェアの量的質的な充実をもたらし、結果として、コンピュータ利用者のタイプを二分化させアプリユーザーを出現させることとなった。アプリユーザーは、市販のアプリケーションソフトを利用してのみコンピュータを活用するタイプで、高度なコンピュータ知識を必ずしも持ち合わせていないコンピュータ利用者である。これに対置されるのが、従来のコンピュータ利用者の形であるパワーユーザーであり、コンピュータ・ハードウェアに対する高度な知識を合わせ持ち自らプログラミングを行うタイプである。前者はPCの進化によってマン・マシン・インターフェイスが向上したため出現してきた新たなコンピュータ・ユーザーであり、典型は、いわゆる文科系のコンピュータ利用者なのである。CaLSの主体となり対象となるのは、まさにこのアプリユーザーとなる。
 このようなコンピュータ利用者の多様化に対応しつつ、コンピュータ利用者側に要求される能力区分によって法律学への導入段階が変化することとなる。以下に導入されるべき上述の四段階について、各段階別に説明することとする。

 2−2.第一段階 計算機能と文書革命

 まず第一段階という意味は、コンピュータの発展段階としては現発展段階のコンピュータが既に持ちあわせている機能、つまり計算機能(25)、プログラミング機能、文書作成編集機能(26)、を利用することとし、コンピュータの使用者側でも特別高度なハードウェアに関する知識を必要としないで使える段階である。つまりごく一般的に利用できる段階のものといえよう。

 2−2−1.計算機能

 この第一段階における『計算機能』を利用して行うものとしての利息計算は、特に法律学に限ったものではないが、法定利息の計算、また金銭消費貸借における利息計算、元利合計算出および利率の決定、損害賠償額の算定等に利用できよう。現に既にこの方法は、卓上計算機やパソコンを用いて一部では実用化されている。サラ金問題のように様々な利率で利息計算を行う場合などには、かなり威力を発揮できると思われる。
 損害賠償額の算定にコンピュータを用いるということであるが、まず次の点に留意しなければならない。損害賠償額の算定については様々な論議(27)がなされているが、当然のこととして、これをコンピュータ自身が解決して算定の全て代行してくれるというわけではない。この段階での機能を利用してコンピュータができることは、単純で手間のかかる計算を人間に代わって行うに過ぎない。例えば損害賠償額算定におけるホフマン方式に基づく逸失利益額算定に利用するとか、また逸失利益額算定(28)にはホフマン方式がよいのかライプニッツ方式がよいのか実際に数字を出してみるといった手間のかかる計算に利用できるということである。この場合も、多少コンピュータに関する知識は要求されるが、PC上の表計算ソフトを用いて逸失利益額及び損害賠償額算定式を一度作成入力しておけば、必要なデータを入力するだけで賠償額等が算定できることとなる。法律において数字を扱う場面は限定されているので、この程度の能力でコンピュータがどれだけ効果をもたらすかは疑問であるが、すくなくとも、煩わしい単純計算から解放されるだけでも効果はあるといえよう。

 2−2−3.文書革命(29)

 ワープロ(日本語ワードプロセッサー)は、コンピュータの持つ様々な機能のうち文書作成のために必要なものを集約したコンピュータとして、一般に普及している。ワープロを用いること自体は、法律学研究および法律実務だけに有用なものではない。あらゆる文書作成においてワープロの効用はいうまでもなかろう。特に外国語文献を翻訳するときのように、何度も下訳をして字句の挿入削除を繰り返し文章のつながりを検討すときには絶大な威力を発揮する。また契約書、約款、訴状等を作成する場合のように、同じ文書を一部のみ(例えば当事者の氏名とか日付など)変更して、繰り返し使う場合などもワープロは効果的である。そして、ワープロの低廉化・高機能化傾向(30)が続くのであれば、ますます法律学にも利用されていくこととなる。

 2−2−3−1.法律文献における文書革命

 法律学においてワープロを利用して文書作成がなされるようになると、どのような変化がおきるか。革命と呼ぶほどの変革がおきるのであろうか。
 まず、ワープロであれコンピュータであれ文書を電子の文字で作成することを電子文字化と呼ぶこととする(31)。この電子文字化は、文書作成作業の効率化をもたらすだけではなく、従来の手書を元にした活版印刷文字から電子文字への移行を必然にし、これまでの文書作成方法の再考をする絶好の機会となろう。そこで、この期に法律文書作成についての数々の提案を行ってみたい。
 まず、文書を作成することは、文書作成者から読み手への情報伝達である以上、読み手にとって、読み易く理解し易い文書を書くことが至上の目的とされるべきである。読み易い文書とは、活字化された文書の『体裁』と『内容』の二要素に大きく左右される。『体裁』という要素は、読み手に極力苦痛を伴わせないで、文書内容を理解させる印刷様式の考案により、『内容』は文書表現の平易化というアプローチを行うべきであろう。そこで、『体裁』については、法律学の文書は「横書き」で、かつ「フットノート」形式で公表されることを提案する。

 2−2−3−2.横書き v. 縦書き

 現在市販され普及しているワープロ機のほとんどは「横書き」で画面表示される。印字の段階では縦書きで出力可能であるが、編集段階までは横書きでしか見ることができない。こうしたワープロの普及は、法律学の文書にどのように影響をもたらすであろうか。
 この点は、法律の文書がすべて横書きになるべきなのか、それとも法律家のニーズに合わせ縦書き専用のワープロが出現すべきなのかという問題でもある(32)。確かに、ワープロの機能にあわせて文書の書式が変えられてしまうのも問題である。選択の幅を広げるという意味からは、画面に縦表示も横表示もできるように、利用者のニーズにあわせたワープロが出現することが望ましいが、そもそもなぜ、法律学の文書は縦書きでなければならないのか、再考してみる価値は充分にあろう。
 日本の法律の文書は日本語で書かれるのであるから、日本語は縦書きの方が美しく見えるからといった理由から縦書きが支持されるべきであろうか? それとも、伝統的な日本語縦書文化を維持するためにも縦書きが必要なのであろうか?
 法律学は、横書きで表記されるべき外国語を、引用として註にも本文中にも多用するという特徴をもった学問領域なのに、なぜ縦書きが主流なのか、理解に苦しむのは私一人だけではないと思うのである。本を縦にしたり横にしたりしながら読む苦痛は、およそ読者のことを考えているとは思えないのである。確かに日本法制史といった分野においては、縦書きも必然と理解できるが、それ以外のものが圧倒的なのが法律学の現状ではなかろうか。アルファベットを縦に並べるのはやはりおかしいのではないだろうか。アルファベットを縦にならべたり、紙面を90度回転させなければ読めないような記述形式が、美しい日本語の表記方法といえるのであろうか。ただ単に慣れとか習慣の問題であるならば、電子文字文化圏への移行に際して、横書きに統一していくのが好ましく、この点は大いに検討されるべきであろう。
 たしかに、横書きのワープロしかできないのは、ハードウェア上の制約からではない。横書きを支持するのは、ディスプレイの走査線の方向が水平で技術的に縦書きワープロができないからではない。横書き支持の根拠はもう一つ存在するのである。今後考慮すべき問題は、「情報の国際化」への対応なのである。日本の情報が海外に送り出される時に縦書きでは、世界的標準に対応できない。アルファベット文化圏の国々の情報が横書きである以上、せめて情報の記述方向だけの互換性は最低限必要となってくるからなのである。

 2−2−3−3.フットノート v. エンドノート

 論文に限らず文書を書く時には、読み手にとって読み易い文書体裁にすることを心掛けるのであれば、当然のこととして、註の付け方にも、読み易い形式が採られるべきである。
 法律文献の多くは編末、章末、節末ごとに、まとめて註を付けるエンドノート方法を採るが、この方式が決して読み易いものとはいえない。できる限り読み易い形式で註がふられるべきならば、フットノート形式の註が望ましい。頁毎に紙面の下部に付くフットノートの方が章末毎に付くエンドノートより、他頁を参照する手間が省けるだけ読み易いのではなかろうか。これがただ単に印刷技術上の問題であるならば、コンピュータ等を用いれば容易に解決できる問題である(33)。註を探すためにいろいろと他頁をめくるのは、読み手にも書き手にも苦痛ではなかろうか。

2−2−3−4.文献引用の電子情報化

情報資産の有効な活用という観点からすれば、一度電子文字として入力された情報が活字印刷され、それを再度電子文字に入力し直すことは、効率的でないことは明白である。
したがって、法律論文等が引用する文献は、そのままの形式でデータベース化をはかることが可能となるように記述方式を考案すべきである。そのためにも、文献引用方式の再考と統一形式の提唱が必要となる。この場合、各データはTEXT形式(34)で記述され、かつCSV形式(35)で表されるのが効率的である。CSV形式で表されれば、PC上のデータベースソフトで引用文献についての個人的なデータベースが容易に作成できることとなる。
こうした場合の問題点は、例えば「前掲書119頁」、「前掲註(8)97頁」、といった表記および「ibid」「op.cit.」「a.a.O.」といった略語をどのように取り扱うかである。sedとかawkを用いれば(36)、「前掲」という意味をコンピュータに理解させて略式表記を完全な形に変換させることは可能である。しかし、法律文献の引用が、電子文字で表記されるようになるならば、カット・アンド・ペーストを繰り返し「前掲」という表現をやめるのも一案ではなかろうか。電子文字文化圏への移行に際して、一度再考されるべき点ではなかろうか。

 2−2−3−5.法律文の平易化

 ワープロを用いた文書作成は電子文字化であり、これについて問題となるのは文書内容の「平易化」である。
 法律の文書、例えば判決文を読んでいて、むつかしい表現がしてあるのを見受けるが、法律の文書だから難解であるというのも一理ある。むつかしい内容をむつかしく言うのは当然であるのかもしれないが、むつかしいことを平易な文書で優しく説明し一般の人にもわかり易くするのも法律家の努めといえよう。法律の条文の用語のむつかしさは日常語との明確な識別、つまりその法律用語のもつ概念規定を前提として、日常語のもつ言葉の多義性を排して内容の正確な意味を伝えるためにこうした現象が生じているといえる。このとは日本語に限ったことではない。どこの国の法律用語、法律文書でも表現が固いと思えるのも、このためである。しかしながら日本語における法律用語の多くは明治時代における外国語からの訳語であり、その明治時代の言語感覚を反映してかなり固い表現になっており、日常語との乖離が甚だしいのではなかろうか。
 言語感覚とか口語または日常語というものは時代とともに変化している。これは言語の持つ必然性である。法律の文書、例えば大審院の判決文と現代の最高裁の判決文を較べても、同じ日本語というものでありながら、かなりの違いがある。明治と平成の比較であるから当然といわれるかもしれないが、戦後間もないころの最高裁の文書と現在の最高裁の文書でも、かなり言語感覚が変化してきていることが感ぜられる。
 法律の文書が専門用語の集まったものであるが故に難解になるとしても、それを敢えて難解のまますませておいてよいはずはない。いずれの文章も読まれることを当然のこととして書かれているのであるから、誰にでも理解できるとはいわないまでも平易な言葉で書くことも文章を書く者の義務といえよう。電子文字化では、かな漢字変換を前提とし、通常の国語辞典にでてこない用語は漢字に変換されない(37)。この作業は、自分の文書が如何に平易でないかのバロメータとなり、文書の平易化の一助となろう。こうした点から、ワープロによる文書革命は、法律の文章、法律用語にどれだけインパクトを持たらすのか、今後考えなければならない問題となろう。

 2−3.第二段階 情報検索

 第二段階というのは、コンピュータとしては、PC、WSまたは外部データベースとしてのメインフレームを利用したデータベースの活用を意味している。これらコンピュータの持つ処理能力に合わせた情報検索機能(38)、オンラインデータベース(39)、簡単な推論機能(40)を活用しようとする段階である。したがって現状ではコンピュータ使用者の側でもデータベースに適切にアクセスできるだけの知識を必要とするものである。この段階は既にアメリカでは実用化されており、日本でも一部実用化されている(41)。

 2−3−1.ライブラリー・ワークの効率化

 法情報をコンピュータを用いて利用する時に主眼となるのは、ライブラリー・ワーク、つまり図書館における資料収集作業の効率化である。ここでの効率化とは、必要時間の短縮、情報の精度向上、利用者の空間的移動の極小化、精神的苦痛の軽減を対象とする。
 法情報収集の理想的な形態は、あらゆる情報を電子文字化されたコンピュータのデータとして保持する、いわば電子図書館を、外部データベースとしてパソコン通信でアクセスし、必要な法情報を利用者各自のコンピュータにダウンロードし、あらたに情報処理加工されたものは再び電子図書館にアップロードする、といったものであろう。
 この電子図書館実現のためにも、法律学に関する情報データはすべて電子文字化することが必要となる(42)。これには、著作権問題、データベースの管理運営の問題等と困難もつきまとうが、実現しなければならないものであり、近い将来に、判決文の作成(これに至るためには準備書面、冒頭陳述書等の法廷提出物も含めて)、そして法律文献の作成、において電子文字化をはかるべきである。
 以上述べてきた法律学研究に必要な文字情報を法情報と捉え、この法情報を、法律文献情報と判例情報とに大別して以下に詳しく述べることとする。

 2−3−2.法律文献検索システム

 法律文献検索であるが、これは法律を学んだことのある人ならば誰でもつらい経験したことのある法律文献資料の調査と入手である。法律に関する文献の多さは、相当なものであり、自分の必要とするテーマに関する文献を、教科書、注釈書、法律雑誌(月刊誌、各大学の機関誌など)、論文集などから一つも洩らさず拾い上げることは、かなりの時間と労力を要する。しかしながら、電子図書館といったコンピュータに法律文献のすべてが入力されていれば、テーマ別はもちろん作者別、年代別であろうが、そのデータのもつキーワードによって瞬時に漏らさず調べることができる。このシステムはアメリカの大学ではすでに実用化されており、日本でも一部実用化されている(43)。全国すべての大学図書館および国会図書館さらには海外の図書館との間のオンラインネットワーク化が進められ、図書館の間での情報相互交換が更に盛んになるように研究され設備拡充されれば、世界規模の電子図書館は、自宅のPCの中で十分実現可能なことである。これにより、法律学研究に際して、文献調査入手に費やされる時間と労力を大幅に削減でき、漏れがなく最新の精度の高い情報が手軽に入手できることなり、法律学研究にはかなりの効果があるといえよう。

 2−3−3.判例検索システム

 法律を学ぶについて判例を研究することは不可欠であり、また判例集を頻繁にめくるのも法律学独自の作業であろう。そして実際に自分が見たい判例にすぐに巡り会える場合ばかりではないこともしばしば経験する。判例を調べるということは、様々な必要に応じてなされるわけであるから、多数の判例集を一枚一枚丹念に調べることは不可能に近い。しかしながら、電子図書館のように、この判例がコンピュータに電子文字化されたデータとして入っていれば、様々な形で自分の欲しい判例を簡単に選び出すことができる。つまり判例集という膨大なデータのなかから、自分の必要とする判例の様々な特徴を検索条件としてコンピュータに入力し、コンピュータにその条件に合致した判例を選び出してもらい、この判例を入手するのである。例えば、年月日の指定による判例の特定とか、裁判所指定による判例の特定、担当裁判官による判例の特定などによってである。

2−3−3−1.判例検索システムの利用

 この判例検索システムが完成し実用化すれば次のようなことも可能となる。例えば、ある判事が裁判官としていままでにかかわった判例を全数抽出してその判事の判決に対する判断傾向を調べる(44)とか、同様に、ある弁護士が担当した裁判例を全数抽出してその弁護士の勝訴率を調べるとか、ある地裁において交通事故での損害賠償額の認定額はいくら位になっているか平均額を調べるとか、いったようなことが、従来の様に多大な時間と労力を必要とするからやるだけの価値がないと見なされてきたことが、結果はともあれ実現可能になる。そして多量の時間と労力を必要とする作業を、瞬時に処理し、法律学研究での不必要な時間を省くことができるようになる。このような段階に達すれば、判例研究の可能性も変わってこよう。たとえば、最高裁における判例変更が、最高裁判事の構成により大きく左右されるということから、最高裁判事の過去の判断傾向の分析に基づいて判決を予測し、判例変更のなされる確率を算出することも不可能ではなくなるであろう。またこのような可能性から、裁判官の忌避というものの意味も変わってこようし、判決の予想がかなり早い段階でできるようになり、訴訟に対する迅速な対応ができることとなろう。よって判例検索システムの活用は、これまでの判例研究とは異なった研究手法を導き出す可能性を秘めているのである。

 2−3−3−2.判例検索システムのあり方

 判例検索システムは、既に一部で実用化しているが、一般的な普及はまだこれからである。この段階において、考えるべき問題点は、どのような判例検索システムを日本においては開発し普及させるべきかである。
 まず考えられることは、アメリカにおけるWESTLAWとかLEXIS(45)の日本語版をつくるだけでよいのか、といった問題である。この問題には、日本における判例研究の意義とアメリカにおける判例研究の意義の違いを考慮しなければならない。
 まず第一点として判例の法源性である(46)。英米法においては、判例拘束の原理(principle of stare decisis)があり、判例が法源とされることはいうまでもない。しかし日本法においては、判例は法源となりうるのであろうか。多くの日本の法学者は、判例を法源として認めている。判例を法源とする論理構成についての議論はともかくとして、判例研究の意義と必要性が失われるものではないことは明らかでり、判例検索システム開発に尽力することは決して無駄ではない。しかしながら、判例検索システムには、この法源性をめぐる議論を踏まえた上での設計が必要とされる。
 そして第二点は、日本法における判例研究方法である。川島武宣博士によれば「判例研究の数の多いという点では、日本はおそらく世界第一級ではないかと思われる」(47)とされる。法律学が判例研究に力を注ぐという点では、今日その影響は圧倒的で、判例研究の量においても、最高裁裁判所の一つの判例について10編程の判例研究が発表されることも珍しくはない。しかしこのような状況においても、判例研究についての方法論が確立しているのではないことを川島博士は指摘されている。「判例とは何かという問題についてまた判例研究の方法について、わが学界には或る程度での共通の了解というものがない」(48)のが現状である。このような状況でどのような判例検索システムが構築されるべきかは大いに検討を要する。
 上記二点は、判例検索システムの設計段階において留意されるべき問題であるが、システム完成の後にも議論され続けるであろう問題でもある。このような判例研究のあり方自体についての問題が存在している以上、第一次情報源としての判例検索システムが提供できる情報は、システム設計者の判例研究に対する考えが強く現れることのないようにし、オリジナルデータとしての判例全文がそのまま情報として手に入れられるシステム(49)とし、情報を受けた利用者が自分の正しいとする方法論にのっとって判例研究ができるシステムであることが望ましい。まさに、システム自体に柔軟性が要求されるのである。

 2−3−3−3.望ましい判例検索システム

 判例検索システムもデータベースである以上、利用者に的確な情報を伝えるものでなければならない。よってこのシステムを考えるにあたっても、システム設計段階で考えるべきことは多々ある。
 まずシステムを開発するにあたっては、その開発推進母体を何にもとめるかである。アメリカにおけるようにまず国家及び公的団体の支援のもとにシステム開発を進めるべきか(50)、民間ベースで進めるのか、両者の競合にするのかという開発資金にもからんだ問題がある。この問題は情報を受ける側の多様性からも考えるべきである。判例の内容といった法律情報を必要とする人々はまったく同一の情報を必要としているのではない。法律情報を必要とするのは、弁護士、裁判官、会社法務部、研究者、学生といったように多種であり、それぞれが欲しがる情報内容は異なるはずである。したがって判例検索システムが民間ベースで開発されると、弁護士とか会社法務部を主たる顧客としたシステムになる恐れがあり、研究者とか学生が大学で用いるのに必要な情報をもたらすシステムにはなりにくくなる恐れがある。他方、公的母体の支持によるシステム開発では、システムの立ちあがり当初は採算を度外視して様々な努力が行われるものであるが、いざ採算ベースに乗ってしまえば、ユーザーの意向を無視しがちでサービス向上に努力しないのが、公的母体によるシステム開発の弱さである。判例検索システムを望むあらゆる人々の要望が反映される母体が中心となってシステム開発にあたるべきである。
 次に情報である。情報というものはその情報を入手する受け手によって、その価値は大きく異なってくる。つまり情報が欲しい者にとってはどれだけ金を払っても欲しい情報があり、反面どんなに社会的に価値がある情報であろうとも必要のない人にはそのような情報は何の価値をも持たない。情報には価値があり、その価値は通常の方法では容易に入手できない情報が持つほどの価値でなければ、システムがもたらす情報は意味がない。つまり判例検索システムにしろ情報提供システムにしろ、ただ本を読めば済むことを端末機の画面上に表示したところで情報としての価値はたいしたことはないといえる。図書館に行って判例集を見れば、時間はかかるが得られる情報に対して、わざわざ操作に訓練を必要とするコンピュータなど利用して情報を入手するだろうか。ましてや高い利用料金を支払ってまでその程度の情報を買うだろうか。単なる一次的な情報ではなく、この一次的情報を様々な形に変化させた二次的な情報が提供できなければ情報検索システムとしては、失格である。したがって判例検索システムにおいては、単なる判例を引きだし画面表示するだけではなく、この判例という一次的な情報を処理しうる能力、例えば、シェパダイジング機能(51)のように、一つの最高裁判決からその係属した高裁、地裁の判例が即時に画面に表示されるとかまたこの逆ができるとか、判例に対する判例批評・判例評論が即座に見られるとか、ある言葉からこの言葉に関連する判例が検索できるといった機能がなければ、システムへのニーズが高まりマーケットが広がっていかないのであろう。とくに日本においては、判例そのものと判例に対する判例批評・判例評論の全文が同時に見られるという機能は不可欠となってこよう。いずれにせよ、利用者のニーズに合った様々な判例検索の方法を考えたシステムが市場で生き残ることとが好ましく、様々なユーザー各自の意向が反映できるシステムを普及させなければならないのである(52)。

 2−3−2−4.コンピュータ判例検索システムの三条件
 
 コンピュータによる判例検索システムには次の条件が不可欠とされる(53)。
 A.入力情報は単語による検索を基盤とし原資料に人為的加工や修正つまり要旨化や索引化を施さないで、法律文献の全文を入力対象とし、出力に際しても、原則として全文を印字化できる処理方法であること。
 B.オンライン処理方法によるランダムアクセスであること。つまり第三者の介入をうけず法律家が自分の事務所に端末装置を設置し直接にコンピュータと対話できること。
 C.法律家が対話しながら簡単に自分で操作できること。
 A.B.は、全文入力方式、オンライン処理等、アメリカで実用化しているシステムで不可欠とされる機能を述べたものであるが、C.については、これからの問題である。法律家が情報源に自由にアクセスできその情報を思いのままに簡単に加工できるといった状態が好ましいといえる。そしてこれは、人間とコンピュータが自然言語にできるだけ近い言語で会話をし作業をすすめていくという第五世代コンピュータ(54)に課せられたマン・マシンインターフェイス(55)の問題でもある。
 判例検索システム内の判例全文化に対しては、単純な文字列検索のようなキーワード検索を行う限りほとんど用を足さず必要性がないという批判があろう。しかし、これはユーザーの利用形態を無視した議論ではなかろうか。たとえばCD−ROMといった供給媒体の中に入れる文字データはその一文字まで検索対象となる形式でデータを持つべきであり、検索効率を求めるならばソフトウェアでの効率化を図るべきである。判例検索の行い方はシステム供給者側の意図に拘束されることなくユーザーサイドで決めるべきことであり、原文には、ランダムアクセスが可能であり、その絞り込みにおいて、ユーザーがその能力にあったソフトウェアを選択できるようにしなければ、より高度な判例検索システムの発展は望めない。
 ユーザーサイドとしては、正規表現(Regular Expression)等(56)を用いることにより、ユーザー独自の検索コマンドが容易に作成できるのであるから、検索ソフトが正規表現に対応することが必要であると同時に入力されたデータ一文字一文字にランダムアクセスできることは不可欠となる。そして、供給者側から付される判例要旨といった要約文には、二次的加工が施されている以上、既に何らかの主観的判断要素が含まれており、これをオリジナルデータと称して供給するのは、将来的な判例検索システムの発展の芽を摘みとる恐れがあるといえるのではないだろうか。

 2−3−2−5.CD−ROM v. オンライン

 現在日本で判例検索システムによるサービスを行っているのは6社あり、その市販供給されるシステムは大別して、オンライン型の判例検索システム(57)とCD−ROMによる判例検索システム(58)の二種である。この両者いずれも一長一短がある。収録判例の数、判例の情報量、検索キーワードの不十分さ、データの更新時間、利用料金といった利用上の問題点が多い。以下にこの両者の比較検討を行ってみる。
 オンライン型の判例検索システムの長所は、情報伝達がユーザーへ電話回線で供給されるため、いつでも最新の判例情報を検索でき、供給者側は大型のコンピュータを情報供給源としているため、情報量が多く判例の全文出力が可能であり、広範囲にわたる検索が可能となる点等である。短所は操作方法を誤り検索に多くの時間を使ってしまった場合とか、多数の判例を検索する場合、電話回線の通話時間の増加および接続時間に比例して料金が加算されるため(59)、多額の費用が発生するという点である。またハードウェアとしてモデムを必要とする。
 一方、CD−ROMによる判例検索システムの長所は、操作に不慣れな初心者が判例検索をしても、長時間にわたる多量の判例検索しても、費用が一定である点である。費用が一定であるといっても情報供給媒体であるCD−ROM自体を購入するのであるから決して安価というわけではない(60)。しかしながら、利用費用を気にせずに判例を検索することができるのは、利用者に不必要な精神的負担を掛けないという点において、十分メリットがあろう。短所はCD−ROMの情報の更新に時間がかかり最新の判例の検索ができないこと(61)、またCD−ROMの情報量の制約から収録される判例の数に限界があること、判例要旨のみで判例全文の検索ができないものがあること(62)などである。またハードウェアとしてCD−ROMリーダーを必要とする。
 日本に於ける判例検索システムの特徴の一つは、CD−ROMによる判例検索システムが主流となっていることである。この原因は、アメリカに比べて、電話回線を使ったオンライン通信システムが未発達であることと、CD−ROM技術が成熟していたこと等が挙げられよう。
 すぐれた判例検索システムを効率よく構築発展させるという観点から、日本の現状における次のような問題が指摘できよう。現状では、判例検索システム供給者数社が同時平行的に同じ判決文をコンピュータに電子文字化入力しているのであるから、無駄な作業に労力と資本が投下されていると考えざるを得ない。この問題の解決方法は、こうした業界が一致連帯して共通のデータ入力会社をつくるのが即効的であるが、望ましいのは、裁判所および法務省が判決文の公表をすべて電子文字で行うことである。そこでの複数による判例検索システム供給者間の市場競争は、ユーザーフレンドリーな検索ソフト開発と関連情報の充実による差別化で行われるべきであろう。
 CD−ROMによる判例検索システムとオンラインの判例検索システムの優劣比較においては、オンラインの方が将来的には勝るであろう。なぜならば、コンピュータ技術の発展方向は、ダウンサイジングからLANへ、そしてネットワーク化と進みつつあるからである。将来的にオンラインによるネットワーク化を図る段階に至れば、電子図書館といったものが実現し、世界中のコンピュータがネットワーク化される将来には、情報伝達手段としてのCD−ROMといった供給媒体は廃れ、すべてオンライン化されてしまうであろう(63)。CD−ROMによる情報供給が有効なのは、スタンドアローンのコンピュータを結び小規模LANを構築する段階までではなかろうか。

 2−4. 第三段階 知識工学の成果

 第三段階という意味は、第二段階と同様、コンピュータ使用者側にコンピュータに関する一定程度の知識を必要としていることはいうまでもない。しかしながら第二段階との違いは、第三段階におけるものは現在も研究中のものであり、実用化されたものが法律の分野においてはまだ少ない段階のものである。この段階では、現在も開発途上にある、問題解決・推論機能、知識ベース機能(64)、自然言語処理能力(65)、知的プログラミング機能(66)を活用することとなる。

 2−4−1.エキスパートシステム

 エキスパートシステム(67)というものは、人工知能(AI:Artificial Intelligence)(68)を用いてコンピュータに論理推えきとか価値判断をさせ、専門家を支援するシステムである。専門家をコンピュータが支援して、専門的業務遂行を助けるシステムである。これは、コンピュータと利用者との対話により問題を解決してものであり、専門家に必要な情報を的確に知らせ業務遂行の能率と精度を高めるシステムである。

 2−4−1−1.エキスパートシステムの機能タイプ

 現在のエキスパートシステムのタイプには大きく分けて次のようなものがある。
 (a).観測や測定結果に基づいて、故障の診断をおこなう診断型
 (b).知識に基づいて、スペックにあった設計を行う設計・構成型
 (c).予定や計画を作成する予定作成型
 (d).機器やソフトウェアの使い方を教える指示型
 このような現在実用化しているエキスパートシステムは、殆どが自然科学分野におけるものであり、社会科学分野、とくに法律の分野には、現在のところほとんど実用化されてはいないといえる(69)。

 2−4−1−2.法律学におけるエキスパートシステム

 法律学におけるエキスパートシステムということになれば、まずは法律相談であろう。さらには判決文作成支援システム、冒頭陳述書とか準備書面作成支援システム、そしてより高度な法的推論システムなどが実現可能なものとして挙げられる。
 まず法律相談についてである。非常に複雑なケースを除けば、通常法律相談に出てくる問題はパターン化が可能でありそれに対して適切な答をコンピュータに出させるということは可能である。つまり法律相談に来るクライアント(相談依頼人)の話の内容から事実関係をコンピュータとの対話により明確に聞き出し、これをコンピュータに推論させ法的評価させ、過去の判例から同種の事例を導きだし、これを参考として依頼人に適切な助言を行うシステムである。つまり医療用のエキスパートシステムにおけるような診断型のエキスパートシステムということになる。
 このシステムの具体的構成には様々な方法が考えられようが、このエキスパートシステムの狙いは、法律といった専門的知識を正確に間違いなく誰にでも利用させることにより知識の漏れとか片寄を防ぎ、最善の情報と知識のもとで、適切な法律判断が下せるようにするものである。現段階においても既に開発用ソフトは市販されているのであるから、あとは、法律問題をどのように体系化パターン化していくかにかかっているといえよう。
 判決文作成支援システム、冒頭陳述書とか準備書面作成システムとは、法律実務において、繰りかえし作成される法律文書をコンピュータとの対話を通して作っていこうとするものである。このようなものは、ワープロのソフトとして予め作成しておいて日付とか氏名のみを変更すれば作成できる契約書の類とは、内容が異なっており、事案が複雑な場合にはかなり高度な知識ベースと強力な推論機能をもったシステムでなければならないことになる。こういったシステムの開発は可能であるにしても、はたしてこのようなシステムが法律実務はたまた司法裁判制度にとって望ましいものであるかどうかは問題となってこよう(70)。

2−4−2.エキスパートシステムの問題点

 2−4−2−1.エキスパートシステムの進むべき方向

 エキスパートシステムというもは、まったくの素人でも利用できるものとすべきであろうか、それとも専門家の判断材料を提供する専門家のためのものとすべきであろうか。例えば、通常行われている弁護士会等の行う無料法律相談などをコンピュータに行わせることができるだろうか。またできるとしてそれが望ましい方向であるといえるだろうか。
 まず、現時点では法律相談を行うエキスパートシステムの開発は困難ではない。ハード的には無理は無いと思われる。現時点のコンピュータでも、自然言語を介しての理解させることは充分可能である。問題は、法律相談用のプログラムが無いというだけである。ハード的には問題はないがソフトの開発が遅れているというのが現状といえよう。
 問題は、コンピュータがエキスパートシステムとして、法律家に代わって法律相談をするということが望ましいかという点である。例えば、社会生活をおくるについて、法律的な知識が必要となったとき、一般的には、身近な人に相談するか法律相談といった類の本を読む、そして法律相談に出かけるという対応が一般的であろう。このようなプロセスを経てくるクライアントに対して、エキスパートシステムが、一般に市販されている法律相談書と同程度の内容の対応しかできないのでは殆どエキスパートシステムとしての有用性はないといえよう。つまり一般家庭向きの法律相談書をコンピュータ画面に出して相談に対する答とするだけのシステムを利用することよりも、そのような法律相談書を自分で見た方がより効率的である。つまり、そのような本を読んでも内容が理解できない人が発する質問がエキスパートシステムには理解できないならば、結局本を読むことと大差はなく、本というメディアがコンピュータというメディアよりもアクセスしやすいものである以上、本というメディアには勝てないということになる。このようなエキスパートシステムは全く意味がないとはいえないが、開発する意味は乏しいと思われる。エキスパートシステムは、専門家の専門的知識の漏れを防ぐシステムでなければ意味が無いのではないだろうか。
 現在の医学上のエキスパートシステムでも現実に医師が利用することを前提として作られており、家庭医学百科といった本のコンピュータ版のようなものではない。つまり法律相談書程度の知識で満足できない人を充分納得させうる知識ベースを持ったエキスパートシステムでなければならない。とくに医学用のエキスパートシステムでは、様々な医療用検査器具の検査結果とか医師の診察を前提として病名推定を行うため、検査器具による検査とか医師の判断なくしてはエキスパートシステムは意味がない。仮に一家に一台医療用のエキスパートシステムが普及したならば、病院へ行って医師の診察を誰も受けなくなる訳ではない。当然のこととして、エキスパートシステムは病名を教えてくれても治療はしてくれないからである。つまり医学におけるエキスパートシステムは、医師と患者との対面を前提とすべきものであり、エキスパートシステムというコンピュータが一人歩きすべきものではない。
 法律相談におけるエキスパートシステムも、クライアントと法律家が対面して話しあう場面を想定して開発されるべきものである。なぜなら、法律相談には、医療におけるような検査を必要としないのであるから、事実認定に客観性を欠く恐れがあり、専門家の判断が必要となるからである。

 2−4−2−2.専門家のためのエキスパートシステム

 エキスパートシステムは、専門分野についての素人を対象としたシステムでは、あまり意味がない。つまり専門家を援助するシステムでなければ意味がないということである。エキスパートシステムが持つべき知識ベースも、専門家が見て有用であると納得できる程度の知識内容を持つべきであり、専門家が使うことを前提として開発されるべきである。つまりエキスパートシステムというよりも、専門家のためのコンサルテイション・システムと呼ぶべきものである。
 事実、この専門家を対象としたエキスパートシステムにもかなり高度な知識ベースや機能が備わっていなければ普及はしないのである。敗血症と髄膜炎の診断と投薬のためのエキスパートシステムであるMYCINの例を挙げて説明しよう。MYCINはエキスパートシステムとして様々な能力を発揮できるシステムであったが実際には、臨床の場で使われるようにはならなかった。その原因は次のようなものである(71)。
 (a).対話能力に問題がある。例えば、システムは、わかりきったことでも順序通りに聞いてくる。そのため忙しい医療現場では使っておれない。
 (b).入力等の手間の割には対象とする分野が狭く、適合する疾患・患者に出くわす機会が少ないので、医者が使う気にならない。
 (c).病気の診断にはルール化できない、もしくは、しきれないデータ、たとえば患者の様子・雰囲気などが使われることもしばしばである。
 (d).人間の診断過程においては、MYCINに入っているような表面的知識だけでなはなく、人体の生理・病理知識などに基づく深い推理が行われる。
 たしかに現在のエキスパートシステムは、このような深い推論を十分に行うことができない。これらの問題点は、人間に近い知識型システムを構築しようとするとき、一般に必ずぶつかる問題であり、これから解決すべきものである。
 他方、法律学における専門家のためのエキスパートシステムとなるとどのようなものになるのか(72)。法律学においての専門的な知識とは判例・学説・法条文である。法律相談の場合、法律家とクライアントの対話において、事実関係を法的に評価するのは法律家にまかせるべきであり(これをエキスパートシステムに行わせることは不可能ではない)、法律家に、関連条文、過去の類似の判例、争点に対する学説と判例などの情報を的確にかつ瞬時に知らせ得るものでなければならなし、エキスパートシステムが必要最低限の入力データからかなりの推論を行わないと実用化はむつかしいということになろう。
 以上のことからして、今後開発されるであろう法律学におけるエキスパートシステムも、かなり高度な知識ベースが要求され、システム自体が強力な推論機能を持ちあわせないと実用化し普及させることは困難となろう。

 2−5.第四段階 考えるコンピュータ

 第四段階における技術水準は、コンピュータ技術の発展としては究極的なものである。コンピュータが将来行えると予想されることであり、極力人間に近い思考をシュミレートできるコンピュータ技術を前提にする。現状では不可能であるが、将来的には可能であろうと考えられる機能を活用する段階である。第三段階との決定的な差異は、コンピュータの知識獲得が自発的かつ自己増殖型であるか否か、知識の再生産が可能か否かである。人間の思考を代替することができるコンピュータの出現を考える段階なのである。この段階であれば、高度な人工知能を持ったコンピュータに、法学者に取って代わって法律解釈を行わせ、法律問題の解決をさせるということとなる。
 この第四段階においては、そもそもこのようなコンピュータの出現が可能かという問題と、このようなコンピュータを法律学へ導入すべきかという問題が大きくクローズアップされる段階である。
 厳密にいえば、人間に完全にとって代わり得るコンピュータというものには、能力についても段階があろう。一朝一夕にそのようなコンピュータが出現するものではなかろうし、確かに実現可能であるとしても、それは限り無く人間に近いものへと発展していくこととなろう。この問題は決してSFの世界の問題(73)ではなく、近い将来必ず議論されるべき問題であり、またもう既に人工知能研究者の間では、この種の問題が議論されているのである(74)。
 そして、高度の法的推論を行い得るエキスパートシステムとか法解釈システムとか判例法抽出システムといったシステムを開発すれば、法律判断、訴訟、判決言い渡しという現在のところ人間が行うのが当然として考えられていることを、法律家に代わってコンピュータが本当に代行できるか、という問題がある。革新的技術の実用化により、ある日突然コンピュータが裁判官に代わって判決を下すといったことは起き得ないであろうし、起こすべきことでもないことは当然である。しかし段階的に法律家の行う仕事がコンピュータによって代行された時、法律家の失業問題もさることながら、法律学自体の危機ともいえる状況も出現してこよう。
 いずれにせよまだ実現しない状況を予測して問題提起する以上、問題提起にどの程度まで信頼がおけるかという疑問は残るものの、仮にこの段階が実現したとすれば、かなり法律学は変容し、あらたに様々な問題が出現することだけは確実に予想できるのである。これらは、まさにCaLSの取り組むべき課題の一つとなろう。


 おわりに

 ここまで述べてきたことは、CaLSというものが、手段として法律学研究にどの様に取り入れていくべきかであるが、抽象的過ぎて実例を伴わず、説得力がないと批判されるかも知れない。本資料の目的はCaLSの狙いと概略を体系的に述べることが主眼としているため、この批判は素直に受けとめ、今後私の研究成果として、実例を示していくつもりである。コンピュータといった類のものに対してアレルギー症状を呈される方々が、容易にペンを捨てキーボードを打つようになるとは考えてはいない。すべては、このCaLSの画期的な研究成果がでなければ、単なる絵空事に終わる可能性も強い。今後この研究を進めて、一人でも多くの法学研究者がCaLSに興味を示されるような状況を作り出すのが今後の使命であると考えている
私は、常々コンピュータと人間のかかわり合いについては、『世代』というものがつきまとうと考えている。例えば、コンピュータと人間の関係を考えてみるとき、コンピュータに対する人間の接しかたは、次の二つの世代において大きく異なると思われる。それは、先天的コンピュータ世代と後天的コンピュータ世代である。先天的コンピュータ世代とは、生まれて物心がついたとき既に身近なところにコンピュータが存在しこれに慣れ親しんでいる世代である。他方、ある程度まで成長し、例えば学校教育を終えたころの段階からコンピュータと関わりをもつこととなった世代が後天的コンピュータ世代である。
 この二つの世代間にはどのような違いがあるのか。その一番大きな違いは、コンピュータそのものに対する《嫌悪感》ないし《拒絶反応》である。後天的コンピュータ世代の人間は、まず第一にコンピュータに対し恐怖感ないし疑問を抱く。「一体コンピュータとは何なのか?」「コンピュータなんてものが本当にそんなことができるのか?」と。一方先天的コンピュータ世代の人間は、そのような疑問は持たず「コンピュータならできるかも知れない。問題はどうやったらそのようにできるかだ」と考える。
こうした見方が可能であるとすれば、後天的コンピュータ世代よりも、先天的コンピュータ世代の方が、コンピュータの利用範囲を格段に広げてくれる可能性を持っているといえよう。したがってコンピュータ法学(CaLS)の飛躍的発展というものは、先天的コンピュータ世代の出現にかかっているのかも知れない。
この二つの世代を考えるとき、後天的コンピュータ世代となってしまう今現在の法学生のコンピュータ教育をどのようにすべきかという問題も今後の課題となる。将来的には彼らもコンピュータとのかかわりを持つようになるのであるから、先天的コンピュータ世代との著しい格差を顕在化させないという配慮も必要となろう。初等教育からコンピュータ教育を受けてきた者とそうでない者とのコンピュータに関する能力格差は、歴然としており、応用段階では致命的な差となって現れてくる。近い将来必ずや後天的コンピュータ世代が法律学の世界を席卷し、コンピュータ法学(CaLS)を大いに飛躍させてくれるものと信じてやまないのである。我々後天的コンピュータ世代が行えることは、彼らのための肥沃な土壌と心地よい環境を作り出しておくことではなかろうか。



  註

(1)この研究のための一つの可能性を述べるについて、断片的な知識の羅列にならないように心がけたつもりであるが、私の浅学の故に、掘り下げ不十分、的外れとの批判も免れ得べくもないとも思うのである。よって本稿を読まれた方々の助言を仰ぎ、それを私の今後の研究の改善につなぎたいと考える次第である。私が加入しているネットは次のものであり、こちらに連絡していただければ幸いである。JUNET:d43159g@nucc.cc.nagoya-u.ac.jp,NIFTY-Serve:QFF02244@NIFTYSERVE.OR.JP,CompuServe:73550,2244
(2)CaLSという命名の由来は、その名から連想されるごとく、アメリカの若手法律学研究者を中心に台頭した法学研究の新しい潮流である批判法学(CLS:Critical Legal Studies)を念頭に置いている。既存の法律学に対する批判的な観点から、コンピュータテクノロジーを駆使して法律学の再構成を図ろうとするものである。
(3)高度情報化社会という言葉は、1960年代後半ごろから盛んに使われ始めた言葉である。アメリカの社会学者ダニエル・ベルの言葉、Postindustrial Societyを日本語に置き換えたものであると言われている。奥平康弘,「情報化社会」,『未来社会と法 現代の諸問題』現代法律学全集,265頁以下参照。また高度情報化社会という言葉の持つ意味は多様であり、いつの時代が高度情報化社会といわれてきているのかは明確でない。あくまでも前時代との比較において高度という言葉が使われているため、今後も使用され続ける用語であろう。
(4)情報革命(Information revolution)、この言葉は次のように説明される。「情報革命という言葉は、コンピュータ革命と同義語として用いられている。コンピュータの発展によってもたらされる情報革命を中心とした社会変革である。人類は、今まで数次の情報革命を経験している。第一次情報革命は、言語革命、第二次が文字革命、第三次が印刷革命である。そして第四次は電信・電話・テレビなどとコンピュータを結んだコンピュータ通信革命である。これからのコンピュータを中心とした第四次情報革命の本質は人間の知的労働の代替と増幅にあり、これがかつての蒸気機関を中心とした動力革命が肉体労働の代替と増幅にあったのと対照的に違うところである。そして知的労働への代替はオートメーションに、また知的労働の増幅は、複合的問題の解決や新しいシステムや制度の創造といった形をとって具現化する。」,現代用語の基礎知識1986年版959頁。
(5)情報に関する社会問題としては様々な問題が考えられる。こと学術的な情報という面について言えば、先ず情報の氾濫といった問題は十分認識できよう。日本において出版される法律関連の書籍の多さは、法律書・法律雑誌を含めれば、人が一生かけても読み切れないほどの量がもう既に存在しており、今後もこれらは増え続けていくであろう。他方において、こうした情報は一部の人たちには、爆発ともいえる状態でもたらされているが、全くこの様な情報の存在が知らされずに、これらの情報が入手できない場合もある。これは正に情報の偏在化である。
(6)座談会,「学術情報システムの現状と課題」,ジュリスト増刊『ニューメディアと法』,286頁以下参照。先進国におけるコンピュータによる法学教育の現状については、武士俣敦,「法学教育とコンピュータ(1)」,福岡大学法学論叢第35巻第4号449頁(1991年)参照。
(7)早川武夫,「法とコンピュータ学会の現状と課題」,ジュリストNo.655,1978年,288頁。
(8)早川武夫,「法とコンピュータ学会の現状と課題」,ジュリストNo.655,1978年,288頁;座談会,「高度情報時代の社会と法−−そのインパクトと法の対応」,法学セミナー1985年10月号,42頁以下。
(9)Alvin Tofller,The Third Wave,W.Morrow & Co.,1980;邦訳徳山二郎監修・鈴木健次・桜井元雄,『第三の波』,日本放送出版協会,1980年,243頁以下参照。
(10)この定義は、『情報処理用語辞典』,富士通編第三版,1985年による。またコンピュータが弾道の計算に用いられた例としては、アメリカのENIACがある。
(11)Alvin Toffler,The Third Wave,W.Morrow & Co.,1980;邦訳徳山二郎監修・鈴木健次・桜井元雄,『第三の波』,1980年,日本放送出版協会,253頁。引用文中のリットナーの言葉は、ピーター・リットナーが『空間の社会』のなかで述べている言葉である。「人間が直面する危機的状況の質が変化し、"原因と結果を単純に結びつける分析"が不可能となり、"原因と結果を相互に関連させた分析"を行なうべき状況が、急速に増加するであろう」と現代社会に対して警告している一節である。
(12)早川武夫,「法とコンピュータ学会の現状と課題」,ジュリストNo.655,1978年,287頁参照。
(13)大谷實,「コンピュータ犯罪(上)」,法学セミナー1985年3月号,21頁;大塚仁,『刑法概説(各論)』,1992年,335頁;大谷實,『刑法講義(各論)第二版』,1988年,126,238,413頁;日本弁護士会刑法改正対策委員会編,『コンピュータ犯罪と現代刑法』,三省堂,1990年。コンピュータ犯罪の典型的なものとしては、アメリカにおけるハッカー(hacker:コンピュータ侵入者)が有名である。アメリカでは、コンピュータのオンラインシステムが電話回線によって結ばれているので、この回線に不法に割り込みデータやプログラムを不法入手・改竄してしまう犯罪が多発している。ハッカーについては、Bill Landreth,OUT OF THE INNER CIRCLE,1985;邦訳椋田直子,『ネットワーク犯罪入門』,第二章,第三章参照。
(14)アメリカの判例検索システムについて参照した論文は次のものである。戸村和夫,「法律情報検索システムの新展開−−LEXISとWESTLAW」,びぷろす30(2),1979年,25-42頁;戸村和夫,「判例検索システム−−その動向と問題点−−」,自由と正義26巻12号,1975年,10-16頁;太田知行,「条文・判例検索の諸技術」,法律時報41巻4号,1969年,72-80頁;法律情報研究会(北川・永田・山口),「コンピュータ・マイクロフィルムによる法律情報検索システム」,ジュリストNo.612,1976年,127-143頁;早川武夫,「コンピュータの発達と法学の将来」,ジュリスト681号,1979年,181-186頁;早川武夫,「アメリカにおける法学と電子計算機」ジュリストNo.328,1965年,31-39頁。アメリカで最も普及しているLEXISの活用方法については、松浦好治・門昇,「法情報の理論序説(1)」,阪大法学41巻4号,41頁,1992年,に詳しい。
(15)武士俣敦,「法学教育とコンピュータ(1)」,福岡大学法学論叢第35巻第4号,1991年,450頁以下;生野一路,「法とコンピュータ(ソ連邦における)(その1)」,熊本女子大学学術紀要第38巻1号17頁;生野一路,「法とコンピュータ(ソ連邦における)(その2)」,熊本女子大学学術紀要第39巻1号38頁参照。
(16)CaLSは、コンピュータを『手段』として活用する学問領域である。よって、コンピュータ自体を使いこなす能力と法律学についての知識を不可欠とせざるを得ない。学際的ハイブリッドな研究領域は、結実を次世代に期待しつつ、次世代による展開が研究成果の主眼となる学問領域となろう。
(17)法律学におけるコンピュータ利用には三段階あるとする考えについては、加賀山茂,『法律家のためのコンピュータ利用法』,有斐閣,1990年,6頁参照。実務におけるOA化については、加賀山茂,「法律実務におけるOA化の現状と将来の展望」,法律のひろば1991年10月号,4頁;井上智治,「弁護士事務所におけるOA化の現状と将来の展望」,法律のひろば1991年10月号,17頁参照。
(18)メインフレームとは、いわゆる大型計算機を指す。こうした分類は便宜上のものにすぎず、記憶容量とか処理速度によって明確に区分されているものではない。
(19)オフィースコンピュータとは、その名の如くオフィースで事務処理を行うためのコンピュータを指す。この用語は和製英語であり、英語では、Small Business Computerと呼ばれている。
(20)本稿において、パソコンをPCと呼んだ場合、IBM社製のパーソナルコンピュータのみを指すものではなく、国民機といわれるNEC社製の98も含め、いわゆるパソコンと呼ばれるものを指す。
(21)パソコン、マイコンの区分は無いに等しく、まったく同じものを違った名称で呼んでいるに過ぎない。現在はマイコンという言葉は死語に等しい。またオフコンとパソコン(マイコン)の区分根拠を記憶容量や処理速度とか使用目的等に求めることもあるが、最近のパソコンは、オフコンと殆ど能力的に違わないものも出現してきており両者の区別も、明解な根拠からなしうるものではない。
(22)ワークステーション[work station]は、中央のコンピューターに実時間で入出力できる一方,独立した情報処理も可能なように設計された装置の総称であり、メインフレームとパソコンの中間に位置づけられる性能を持つコンピュータである。現在のWSは、既に15年程前のメインフレームと同等の処理能力を有しており、またPCの高性能化がWSとPCとの境界線を曖昧なものにしつつある。
(23)コンピュータの使用者側に要求される能力とは、ただ単にコンピュータの電源を入切することができるということから、ハードウェア、ソフトウェアについて自ら製作できるまでの知識と能力まで多段階である。しかし法律学者がコンピュータについてのハードウェアについての細い知識は必要としない。当然のこととして、法学者は法律学を行うのが仕事であり、コンピュータのハード面での性能向上まで研究努力する必要はない。しかしながら、法律学とコンピュータという二つの分野を融合させて一つの学問分野として構築していく初期の段階においては、過渡期的であるにせよ、その両者の高度な知識をもつことが要求されることが起こり得る。
(24)メインフレームやオフコンで構築してきたホスト集中型の情報システムをパソコンやワークステーションを利用した分散処理に移行させること。90年代のコンピュータ技術進化を象徴的に表すキーワードの一つである。
(25)計算機能とは、四則演算及び指数対数計算もふくめた計算能力をさす。
(26)文書作成編集機能とは、ワープロのようにいわば電子の紙面に文字を書き、文章を作成し、これらを保存、印刷、修正ができる機能。
(27)損害賠償については、民法の分野で契約法、不法行為法の問題として損害の範囲、賠償方法、中間利息控除、定額化賠償、相殺などについて議論がたたかわされている。加藤・米倉編,『民法の争点ジュリスト増刊』,180-185頁,304-317頁参照。実務においては、このような論争から一応離れて、実際に損害賠償額が算定されているのであるから、実務の採る通説・判例に従ってシステムを構成すれば、コンピュータによる賠償額算定は可能である。
(28)逸失利益の算定式については、篠原弘志,「逸失純利益とその現在額の測定」,『現代損害賠償法講座7』,163頁以下参照。
(29)文書革命は電子文字がもたらす情報革命であり、印刷文字文化から電子文字文化への移行に際して生ずる。グーテンベルクが活版印刷術を考案して以来、人類は活字という印刷文字がもたらす文化圏において、情報のやりとりを行ってきた。活版印刷術がもたらした功績は、写本の時代とは比較にならないほど大量かつ均一の情報を印刷文字によって伝播可能としたことにある。よって地球上のある時代のある地域において著作活動を行った者の文章や思想が、別の時代・地域で生きる人間にとって容易に知ることができることとなった。これは、われわれの社会の基本的パラダイムを構成する決定的要素となっている。
文書作成におけるコンピュータの利用、つまり活版印刷文字ではなく電子の文字により文書を作成することは、この活版印刷術の考案に匹敵するほどの情報革命をわれわれにもたらす。そこで、この電子文字化による新たな情報革命がもたらす文字文化圏を電子文字文化圏と呼ぶこととする(黒崎政男,「哲学者クロサキのMS-DOSは思考の道具だ」,月刊アスキー1992年3月号,264頁,5月号222-3頁参照)。電子文字文化圏の特徴は、情報の主体的取得という形でも現れる。印刷文字文化圏では、印刷された文字から、つまり書籍類から主たる情報を得ている。これら書かれたものからの情報は一方的なものである。作者から読者への一方的な情報伝達であり、そこでの一度印刷された文字情報は訂正修正ができないものである。読者にすればその文章をあれこれアレンジすることはできない。しかし、或る情報に受け手が手を加えることによって、その情報の価値が増すという現象は多々経験する。情報が電子文字化されれば、情報の受け手が受動でなく能動的に情報摂取が可能となるのである。
そして、情報が出版物という印刷文字に依って一方的に読者へと移動すること及び情報伝達能力の量的不十分さが原稿から活字化される時点での文書内容のスクリーニングを行ってきたという経緯から、活字化された文字に対する崇拝的な畏敬の念が生じてきた。これが電子文字文化圏では、活字化することに他人の手を借りることなく、双方向の情報伝達が容易になることにより、活字に対する畏敬の念は完全に払拭されることとなる。
(30)1978年9月26日、東芝がJW−10という日本初のワープロを発表した時の価格は630万円であった。ワープロの開発史については、田中良太,『ワープロが社会を変える』,中公新書1040,1991年40頁参照。
(31)電子文字化という言葉は、ただ単に文字がワープロ等で打たれフロッピーディスクなどの記憶媒体の中に収まっている状態だけでなく、それらがパソコン通信といった電子メディアを通して、公にされることまで含まなければ、大した意味をなさないであろう。このような状態が実現されれば、まさに電子文字文化圏と呼べるであろう。
 また、電子文字化に示されるように「メディアの変遷は、大きく四つに分けられる。第一のメディアは、声や身ぶりなどを使った情報の伝達。第二のメディアは、文字などモノをとおした情報の伝達。第三のメディアは、印刷物、写真、映画など複製されたモノによる情報の伝達。そして第四のメディアが電子による情報の伝達」(室井尚,「メディアとコスモロジー」,『情報文化問題集』,NTT出版,1992年,75頁)となる。そしてこれからは、マルチメディア化が発展し、コンピュータを通じて様々な情報を様々な形で受け取ることになり、文字情報を越えた世界からの情報に基づき、法律学の研究、教育がおこなわれることになる。したがって、コンピュータ革命が与える影響、特に法律学においては電子文字化の影響は、ただ単に情報伝達手段の変革にとどまるものではなく、法律学のあり方そのものに一大変革をもたらす可能性を秘めている。法情報が、文字データの電子文字化という変革にとどまるものではなく、マルチメディア化し、画像情報、音声情報もデータとして扱うことになる。文字情報という媒体を通じて社会現象を捉えてきた社会科学は、一大転換期を経験することになるではなかろうか。
(32)市販のワープロでも縦書きで編集ができるものもある。NECの文豪mini7シリーズの高級機は、それが可能である。また、NECの98シリーズ用のフリーソフトとして、"日本語縦書きタイプコマンド,VTP98.EXE V5.53"というMS-DOSのTEXTを縦書きに表すものもある。しかしながら横書きを縦書きにするのは、それほど簡単なことではない。半角文字の処理とか、ー、。,.〜…()〔〕[]{}〈〉《》「」『』【】等の記号は横書き用のフォントしかないとか、促音「っ」&幼音「ゃゅょ」等の右寄せ表示といった問題がつきまとうのである。
(33)フットノート形式の場合に限らず、註文字のポイントを落とすべきかという問題がある。データ変換互換性の高いTEXT形式を前提に考えるのであれば、電子文字化する段階でポイントを落とすことには困難がつきまとう。同様に機種に依存した文字装飾も互換性がないため意味をなさなくなる。将来的に文字データをも図形データと同様に扱えるようになるまでは、A4サイズ横80字縦35行を基本書式として、同一文字ポイントによるフットノート形式で表すのが好ましいのではないだろうか。フットノートを簡単に作成するソフトとしては、大阪大学法学部の加賀山茂教授と浪速智英氏が共同開発された後注・脚注自動作成プログラムがある。これは、加賀山茂,『法律家のためのコンピュータ利用法』,有斐閣,1990年の読者へのディスク・サービスで入手できる。
(34)TEXT形式で書かれたファイルをテキストファイルと呼ぶ。テキストファイルとは、「文書やソースプログラムなどの文字のみでできたファイル。たとえばMS-DOSではTYPEコマンドで文書として読めるかたちのもの。テキストファイルは世界的に標準化されているASCIIコードや、国内のパソコンでは標準となっているシフトJIS漢字のみで構成されているため、機種やソフトウェアによる違いがほとんどなく、互換性が高いという利点がある。通信などで他の機種にデータを転送したり、他のアプリケーションのデータを取り込むときによく使用される。」月刊アスキー編集部編,『月刊アスキーを256倍使うための本Vol.1』,1989年,94頁。
(35)CSV(Comma Separated Value)形式とは、データの各項目間をカンマで区切ったデータ記録方式の一種。現在のデータベースソフトが最も多く採用しているデータ形式である。
(36)UNIX上のフィルター言語でMS-DOSにも移植されている。sed:非対話型テキスト・エディタ、awk(jgawk):テキスト処理言語(awkの日本語版)、これらプログラムは『MS-DOS SOFTWARE TOOLS 基本セット32』,アスキー出版局,1988年から入手できる。sedとawkについての解説書として、Dale Dougherty著 福崎俊博訳,『sed & awkプログラミング』,アスキー出版局,1991年がある。
「前掲書」といった表記方法をやめると文字数が増えすぎるという問題もあるが、電子文字化されればファイルの圧縮により容量を小さくすることは可能となる。しかし、同じ文字パターンが何度も繰り返されるのを見る不快感は対処しようがないのが現状ではなかろうか。
(37)かな漢字変換され電子文字として表記される文字は、外字を除けばJIS漢字だけである。JIS漢字の第一水準、第二水準とは、ワープロやパソコンなどで円滑な漢字処理ができるように国の規格として制定されたものである。この意味でJIS漢字は、コンピュータで使う「常用漢字」のようなものであるといえる。JIS漢字は6353字あり、JIS第一水準が2965字、JIS第二水準3388字となっている。最初、昭和53年1月にJIS規格として決められたが、この後昭和56年10月の当用漢字から常用漢字への切替、日本語テレックスの標準化にあわせて昭和58年9月に手直しされ現在のものとなっている。黒須重彦監修,「ワープロ・パソコンの漢字辞典」,1986年参照。
(38)検索機能とは、与えられたデータのなかから一定の検索条件を満たすデータを選びだす機能。ここで、検索の基本となるのはキーワード検索である。
(39)オンラインデータベース機能とは、電話回線等を通じて、外部コンピュータに蓄積されたデータに好きな時に自由にアクセスできることを指す。オンラインシステムとは、データ入力と同時にコンピュータがこれを処理する方法をとるシステムである。これに対するのがバッチシステムであり、コンピュータ入力されたデータ等を入力が全部終了したのち一括して処理する方法をとるシステムである。検索などを行う場合は、即時に答えを返してくるオンラインシステムのほうが優れている。
(40)問題解決・推論機能とは、与られたデータだけでなく、システムが記憶しているデータや知識を使って機械自身が論理的な推論を進めて問題を解き、答を見つけだして人間に答える機能。
(41)アメリカにおける情報オンラインネットワークについては枚挙に暇がない。日本では、NIFTY-SERVE、ASCII-NET、PC-VANといった三大商業パソコン通信ネットの他に、学術情報センターが運営するNACSISがある。全国共同利用大型計算機センターライブラリ・データベース連絡会編,『オンライン・データベース利用ガイド(第11版)』,1991年3月参照。
(42)将来的なデータ互換性の統一という観点から、情報の各データ(文献、判例、統計資料等)は、PCにおける支配的なOSがMS-DOSである以上、すべてtext形式で統一されることが望ましく、今後OSがどのように変わろうとも、MS-DOS資産が有効活用されようにシステム設計されるべきである。
(43)アメリカの大学は巨大なキャンパス内に複数の図書館が点在するため、学内LANにより早くからネットワーク化が進められてきた。日本でも全国の大学図書館をネットワーク化するのは学術情報センターを中心に進められている。
(44)一部の判例検索システムでは、裁判官名等を検索対象にはできないものもある。どのような意図によるのか知る由もないが、提供される媒体内に存在すべき情報データが存在するのにアクセスできないのは好ましくない。日本民主法律家協会司法制度委員会編,『全裁判官経歴総覧 改訂新版』,公人社,1990年,9頁参照。
(45)WESTLAWとLEXISについては、戸村和夫,「法律情報検索システムの新展開−−LEXISとWESTLAW」,びぷろす30(2),1979年,25-42頁参照。
(46)川島武宣,『科学としての法律学』,弘文堂,1964年,183頁以下;石田穣,『法解釈学の方法』,青林書院新社,1976年,59頁以下参照。
(47)川島武宣,『科学としての法律学』,弘文堂,1964年,171頁。
(48)川島武宣,『「科学としての法律学」とその発展』,岩波書店,1987年,126頁。
(49)全文入力方式は、入力時点で原資料(判決文)に手を加えずそのまま全文を入力する方法であり、一部入力方式とは判例の要旨などを部分的に検索項目として入力しておき最終的には、判例集からまたはマイクロフイッシュ等から判例を見ることとなる。アメリカでの実例から、全文入力方式の方がコストはかかるが、検索するについては一部入力方式よりも、発展性があり優れていると考えられる。
(50)ここでアメリカにおける判例・法情報検索システムの発展史について概説しておくこととする。
 アメリカにおける判例と法律情報についてのコンピュータによる検索システム開発の幕あけは、1959年のAspenであった。このAspenは、ホーティ教授を中心として開発された制定法の検索プログラムであり、ペンシルバニア州保険法に関する条文の編纂と関係法令の適正な検索を目的としていた。図書館資源委員会(Council of Library Resources)、フォード財団(Ford Foundation)の支援により発展し、1967年にはアメリカ連邦法典各州制定法と連邦最高裁判所判例集の一部分を収録し、1億8千万語も蓄積することとなった。そして1968年ピッツバーグ大学の財政援助によりAspenとして企業化した。しかしながら1970年には、急速な処理技術の改良に対処できず(バッチシステムからオンラインシステムへ切り換えることが費用的にも時間的にも困難であった)、業績不振によりAmerican Can Companyに吸収されてしまったのである。このAspenでの成果は、この後の判例検索システムに様々な形で影響を及ぼしていくのである。このつぎに挙げられるべきものは、LITE(Legal Information Through Electronics)である。LITEは、1962年、空軍省の法務長官官房によって行われた、法律調査の効果的役割を果たすためのコンピュータ利用計画であった。空軍省は、1963年にHealth Law CenterとIBMの技術援助で、1967年より稼働させることとなった。このシステムはデータベースとして会計検査院長審決集、連邦法典、三軍調達規則などを持ち、全文入力によるバッチ処理によるものである。この後、利用対象を連邦政府機関のあらゆる職員に拡大し、1974年10月、FLITE(Federal Legal Information Through Electronics)と改称した。次は、JURIS(Justice Retrieval and Inquiry System)である。1970年、司法省内部職員の法律調査の実行を期するために計画され、ロッキード社とアメリカ航空宇宙局(NASA)が共同開発したNASA/RECONシステムが基盤となって、1974年7月より作動開始したシステムである。このシステムは、オンライン処理によるディスプレイ装置を使い、データベースは、連邦法典、連邦最高裁裁判所判例集、連邦刑法草案、捜査差押に関する資料など、司法省内部資料の全文入力方式を採っている。
 これらの政府や大学等の研究機関の支援による公的なシステムに触発される形で、民間ベースでのシステムが登場してくることとなる。この代表が、前述のLEXIS(Legal Text Retrieval Service)である。これは既に述べたようにオハイオ法曹協会とMead Data Centralが開発した民間ベースによる大規模な法律情報検索システムである。このシステムは、前述のLITEシステムを基盤とし、1972年、全文入力方式によるオンライン・システムとして完成し、全米的規模でシステムを拡大している。テータベースは、1976年現在ニューヨーク、オハイオ、ミズリー、カンサス等の州制定法の全文、連邦法典の全文、連邦最高裁判所の1938年以降のすべての判例の全文、1959年以降の連邦控訴裁判所の判例全文、1970年以降の連邦控訴裁判所の判例全文、上記各州の州裁判所(最高、控訴)の判例全文、その他特に連邦税法、証券法、貿易関係の法規類、判例がすべて全文蓄積されている。
 WEST LAWは、主として判例集などの法律資料を刊行している出版社である、West Publishing Companyが、法律情報検索システムである。このシステムは、当初は、同社の刊行している判例集、National Reporter Systemにある判例頭注を利用して判例検索を行うという一部入力方式あったが、全文入力方式を採るレクシスに到底太刀打ちできないという状況になり、WESTLAW/SYSTEMUで全文入力方式に切り換えたのである。このWEST LAWも全米規模での判例、法令をデータベースとしてもっている
(51)シェパダイジング機能とは、ある裁判例がその後どういうふうに変更されたか、一部破棄されたか、あるいは、その後の判例によってフォロー(肯定)されているかというように当該判例の歴史を自動的に調べられる方法である。田中英夫・野田良之・村上淳一・藤田勇・浅井敦,『外国法の調べかた』,1974年,111-113頁参照。
(52)新日本法規出版がNIFTY-SERVE上のホームパーティとして開設している「判例の達人」といった方法も一案である。
(53)戸村和夫,「判例検索システム−−その動向と問題点−−」,自由と正義26巻12号,1975年,12頁。
(54)第五世代コンピュータについては、Edward A. Feigenbaum & Pamela McCorduck,The fifth Generation Artificial Intelligence and Japan's Computer Challenge to the World,邦訳,『第五世代コンピュータ 日本の挑戦』,1983年,33頁;渕一博・赤木昭夫,『第五世代コンピュータを創る』,1984年,212頁以下;日本未来学会編,『第五世代コンピュータと未来』,87頁以下参照。第五世代コンピュータは、通産省の新世代コンピュータ技術開発機構(ICOT)による10年計画の国家プロジェクトでもある。
(55)人間と機械を人間工学的な見地から効率よく仲介する仕組み。古くはMacintosh、最近はMS-WINDOWS3.0などがGUI(Graphical User Interface)化を普及せしめインターフェイスの効率を高めている。これからのシステムは、GUIとWINDOWSに対応していかなければ、市場で淘汰されてしまうであろう。
(56)正規表現とは、特定の文字列パターンを一般的な表現で示す書式のことである。SE編集部編,『MS−DOSテキストデータ料理学』,翔泳社,1992年,43頁以下参照。SEDの用法と正規表現について詳しく説明しているものとして、福崎俊博・山田伸一郎,『MS−DOSを256倍使うための本Vol.3』,アスキー出版局,1989年,(通称、緑本)参照。
(57)1992年8月時点では、オンライン型の判例検索システムは、TKCの「LEX/DB」、東洋情報システムの「JUPITER」、レオンマシン協同の「MUTAI」から供給されている。また、総務庁法令検索システムについては、「法・学術情報システムの現状と展望」,ジュリスト増刊『ニューメディアと法』,278頁参照。
(58)1992年8月時点では、CD−ROMによる判例検索システムは、新日本法規の「判例MASTER」、日本法律情報センターの「リーガルベース」、TKCの「LEX/DB」、第一法規の「法律判例文献情報」が販売されている。
(59)オンラインの場合、各社料金は異なるがTKCのLEX/DBを参考までに紹介する。月額基本料金5,150円/一ヶ月+データベース接続料金61.80円/分+通話料金。またLEX/DBはNIFTY-SERVEからもアクセスできる。この場合NIFTY-SERVEへのアクセス料10円/分+データベース接続料金400円/分+通話料金となる。
(60)費用は各社で異なる。全文入力を基本とする「LEX/DB」の場合、全法編が148万円(定価)である。「判例MASTER」267,800円(定価)、「リーガルベース」賃貸借契約(最安価の全判例要旨ROM5年契約で月額2万4千円)、「法律判例文献情報」23万円(定価)である。詳しい情報は各社に直接問い合わせることを勧める。
(61)判例MASTERとリーガルベースの場合更新は年2回、LEX/DBは年1回である。更新料を気にしなければ、それほど深刻なデメリットとはいえないかもしれない。また、オンラインといってもデータ更新はリアルタイムに行われるわけではなく、出典の書籍が発行になってからアップデイトされるものもあるわけであるから、商品としての差別化は情報の量によることとなろう。
(62)全文入力をおこなっているのは、CD−ROMでは、「LEX/DB」(第一法規からも発売されている)と「リーガルベース」のみである。オンラインでも「LEX/DB」は全文入力を採用しているが、収録範囲に刑事法関係の判例が含まれていない。
(63)石井晴久,『コンピュータ・ネットワーク』,岩波新書180,1991年参照。
(64)知識ベース機能とは、いわゆるデータだけでなく、合理的な判断、経験、実験結果などを体系的にまとめた知識を、組織的に記憶・検索する機能。
(65)自然言語処理能力とは、我々が日常使う言語をコンピュータが理解し、コンピュータと人間がその自然言語で対話できることをさす。
(66)知的プログラミング機能とは、コンピュータの知的能力を向上させ、プログラミングの負担を人間から肩代わりさせる機能。
(67)エキスパートシステムについては、田村進一・柳原圭雄・唐沢博,『人工知能の世界』,1985年,58頁以下;戸内順一,『エキスパートシステム入門』,啓学出版,1991年参照。特に法律学との関連については、吉野一編,『法律エキスパートシステムの基礎 法理論1』,1986年参照。
(68)人工知能とは、コンピュータ等により推論・判断などの知的な機能を人工的に実現したものであるが、かつては単純なセンサーによる物の識別装置でも人工知能と呼ばれたこともある。この名称が初めて使われたのは、1956年夏、ダートマス大学において知能機械に関する討論会(いわゆるダートマス会議(Dartmouth Conference))においてである。この時、この研究分野の名称として、初めてArtificial Intelligenceという言葉が用いられ、これ以降この言葉がこの分野に対する用語として定着した。
(69)現在日本で実用化されているシステムは、相続税の計算できる「相続税関係検索システム」があるとされる。「法学術情報システムの現状と展望」,ジュリスト増刊『ニューメディアと法』,279頁参照。また大林組が開発した「建築法規コンサルテーションシステム」もある。なお、アメリカにおけるエキスパートシステムとしては、DENDRAL(分子構造推定)、MYCIN(血液感染症診断)、XCON(コンピュータシステムの構成)、SPEAR(故障診断の教育)、PROSPECTOR(鉱床探査)、PUFF(肺疾患診断)、CATS−1(機関車の故障診断)、AIRPLAN(航空機離着陸管制)、ACE(電話ケーブル保守管理)等がある。
(70)エキスパートシステムに関する法的問題の一つとしての、エキスパートシステムによる損害賠償責任問題については、George S. Cole,Tort Liability for Artificial Intelligence and Expert Systems,10Computer/Law Journal2 127,1990参照。
(71)田村進一・柳原圭雄・唐沢博,『人工知能の世界』,1985年,56-57頁参照。
(72)こうしたエキスパートシステムの研究としては、明治学院大学の吉野一教授を中心とする「法律エキスパートシステム研究会」の研究が注目される。
(73)SFの世界について例をあげたらきりがないが、一例としては、手塚治虫,『火の鳥 未来編』,朝日ソノラマ,1977年が興味深い。
(74)Hubert Dreyfus & Stuart Dreyfus,MIND OVER MACHINE: The Power of Human Institution and Expertise in the Era of the Computer,Macmillan/The Free Press,1985,邦訳椋田直子,『純粋人工知能批判』,アスキー出版局,1987年;Hubert L. Dreyfus,What Computers Can't Do: The Limits of Artficial Intelligence(Revised Edition),Haper & Row,1979,邦訳黒崎政男・村若修,『コンピュータには何ができないか』,産業図書,1992年;黒崎政男,「AIと哲学をめぐって」,『情報文化問題集』,NTT出版,1992年,88頁参照。コンピュータによる人工知能は「考える」ことができるとするのに対して以下のような反論がなされている。つまり次の四つの範囲においてコンピュータは自分自身で考えているとはいえない。A.感情についてである。コンピュータは感情を持ちえないではないか。B.克服できない違いについてである。コンピュータの思考は常に正しいとされる前提からはじまる。ではコンピュータは自らを否定することができるか。C.例が存在しない。いまだかつて「考える」コンピュータは出現していないではないか。D.倫理的な考慮がコンピュータにできるだろうか、と。コンピュータが「考える」か否かという議論については、Pamela McCorduck,Machine who think;邦訳黒川利明,『コンピュータは考える[人工知能の歴史と展望]』,1983年,347頁以下が詳しい。